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結婚してから1年で子宝に恵まれた安之は罪悪感は抱きつつも、人並みの幸せを手に入れた。第1子は男の子で、2年後には女の子が産まれた。 子供達は素直に育ち、小学生になると手伝いをしてくれるようになった。 妻は浮気もしなければ重労働の文句も言わず、安之を支えてくれる。 結婚してから20数年も経つと、わざわざ米を取り寄せてくれる客も出てきた。 子供達も結婚し、2組の若夫婦が手伝ってくれる。 新米が穫れる時期、ここから車で2時間の街にある喫茶店から、取り寄せの連絡が来た。安之は子供達と妻に田んぼを任せ、配達に行く。本来ならここまでする必要はないのだが、安之はその喫茶店が気に入り、配達ついでに珈琲を飲む。 何より無愛想だがこだわりの強いマスターに、自分達で作った米を選んでもらえたのが嬉しかった。 軽トラで2時間かけてのどかな街へ行くと、近くのコンビニ駐車場に停める。重たい米を抱えて喫茶店はぐるまに入ると、無愛想なマスターではなく、可愛らしい女性が出迎えてくれた。店内を見回すが、無愛想なマスター、海野の姿が見当たらない。 「こんにちは。川端さんですよね?」 女性はにこやかに声をかけてくれる。 「はい、そうです。あの、いつもは海野さんって人がいたと思いましたが……」 「健次さん、煙草を買いに行っちゃったんですよ」 女性は困ったように笑う。ふと、彼女の目が轢き殺してしまった男と重なり、米を落としそうになる。 「あ、立ち話してすいません……。重いですよね。厨房に運んでもらっていいですか?」 「はい」 安之は胸の動悸をおさえながら女性と一緒に厨房に入ると、指定された場所に米を置いた。 「ありがとうございます。これ、お米代です」 女性は封筒を差し出す。安之は礼を言いながら封筒を受け取ると、中身も確かめずに帰ろうとする。 「あ、待ってください」 「え?」 女性は厨房に戻ると、ケーキの箱を持ってきた。 「これ、健次さんからです。皆さんで食べてください」 「お気遣いありがとうございます」 安之はケーキを受け取ると、そそくさと軽トラに戻った。 「アンタにも、子供がいたんだな……」 安之は小さな声で呟くと、静かに涙を流しながら軽トラを走らせた。
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