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安之は両親を説得し、隣県にある中高一貫校に入学することにした。身体と気持ちこそ小さいが、安之は勉強は出来たため、受験を難なく合格。晴れていじめっ子だらけの田舎町から離れ、寮生活をすることになった。
中学校では最初は訛りをからかわれはしたが、安之が標準語を覚えるとそれもほとんどなくなり、楽しい学校生活を送る。部活はラグビー部に入り、身体を本格的に鍛え上げた。成長期で身長も一気に180センチ近くまで伸びて、そこそこの活躍をする。だが2年生になって初めての練習試合で骨折をし、退部してしまった。
1度大きくなった心はまた小さくなってしまい、安之は内気な少年に逆戻りしてしまった。それでも見てくれだけは大きくいようと、筋トレだけは続けた。
高校3年生になると、周りは大学受験か車の話がほとんどになる。就職するつもりでいる安之は、車の方に夢中になった。中でもRX-7に惹かれ、いつか自分の稼ぎで新品を買うことを夢見ていた。
安之は警備会社に就職すると、酒も煙草も女もやらずに働いた。その甲斐あって、30手前で念願の真っ赤なRX-7を新品で購入することができた。
1991年6月7日、安之32歳の梅雨。仕事で嫌なことがあった安之は、ロクに寝ていないのに車を走らせた。睡魔は怒りで寄り付かない。
『お前、そんなんでよく警備員なんかやれるな』
空き缶が落ちる音に驚いた安之を、上司はそう言ってせせら笑ったのだ。
「畜生! どいつもこいつもバカにしやがって!」
上司の笑い声が耳にまとわりつき、今まで自分をバカにしていた声が、言葉が呼び起こされて怒りを増幅させた。
雨で視界が悪くなる中、安之は怒りに任せてアクセルを踏み続ける。時速は100キロを超えている。怒りと寝不足で注意力散漫になった安之は、赤信号に気づかず進んでしまった。
なにかがぶつかる鈍い音がし、急ブレーキをかけて車から降りると、数メートル先に深緑の塊が見えた。慌てて駆け寄るとそれが人であることに気づく。
「おいあんた! 大丈夫か!?」
深緑の羽織を着た男を抱き起こすと、生気のない猫目と目が合った。
「し、死んでる……!? クソッ!」
安之は書生の様な格好をした男を車に乗せた。
安之の車は、山奥まで来てようやく止まる。車から男の死体を引きずり出すと、崖から投げ落とした。死体は崖にぶつかりながら流れの早い川に落ちると、濁流に飲み込まれてしまった。
「悪いが、俺も捕まりたくないんだ」
安之はアパートに戻った。
気の弱い安之は、ビクビクしながら生活するはめになった。“事故”というワードを聞く度に動揺し、手に持っているものを落としたり、叫びたくなるような衝動に駆られた。
あれほど大好きだった車も、通勤以外では乗らなくなってしまった。
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