オカンとがんもとプロポーズ

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オカンとがんもとプロポーズ

 「ミャー……ミャーミャー……ミャー」  いつものように開店準備をしていると、か細い子猫の鳴き声が店の裏のほうから聞こえてくる。 「こんな寒い時期に子猫捨てるか? 酷いことするもんやで…」 店の裏口に置いてあるゴミ箱の側に、小さなダンボール箱に入れられて三毛? マダラ? なんとも言えん柄の子猫が捨てられていた。私は、客用に置いてあるひざ掛けを一つ子猫の入ってるダンボールの中へ入れてやって、カバンの中からカイロを出して底へ二つ入れてやった。 子猫は生まれてすぐ捨てられたみたいで…まだ目も開いてないし、へその緒までついていた。私は居た堪れなくなって、結局…子猫の入ったダンボール箱を店の中へ持って入っていた。  子猫を眺めて、これからどうしようかと考えている所へ…店の戸を勢い良く開けてこうちゃんが仕入れの野菜を持って入って来た。こうちゃんは、もともとはうちの常連客で…色々と話してるうちに店の近所の八百屋の跡取り息子やということがわかって、うちの店に野菜を卸してもらうことになったんよね。それまでは、毎日市場へ仕入れに行ってたからほんま助かってます。 「おはようさん。今日はええ野菜が入ったんやで~♪」  こうちゃんは店の中に入って来て、野菜の入ったダンボールを置くと、すぐに子猫に気付いて子猫の頭を人差し指で撫でながら私に聞いていた。 「ちっこいな~♪ へその緒ついてるやん。どないしたん? もしかして捨てられとったん?」 「そやねん。さっき、裏のゴミ箱の横に捨てられてるんを見つけてな。ちっこいから、放っておいたら死んでしまいそうで知らん顔出来んかったんやわ…」 私が答えると、こうちゃんはうんうんと頷いて同意していた。 「俺、ミルクとか買ってきたるわ。うちの店の側にペットショップあるやん? あれ、俺の同級生の店やから開けてもろて色々買ってくるわ!」  こうちゃんはそう言うと、私がお金を渡す間も無くすぐに店を出て行ってしまった。 「ほんま…こうちゃんは、人がええねんから」  私が手にした財布を見つめながら少し呆れて呟くと、子猫も「ミャ~♪」と足元の箱の中で鳴いていた。足元はやっぱり寒そうやから、座敷に子猫のダンボールを置いて私は店の仕込みを続けていた。  なんか…子猫がおるってだけで、何時もよりも気持ちがウキウキしていた。そうしてる内にこうちゃんが、ミルクと哺乳瓶を買って戻ってきてせっせと子猫の世話をしてくれていた。手馴れているのは、こうちゃんの家にも猫が三匹おるからやった。 「オカン、この猫どうするん?」  こうちゃんに聞かれて…私は、少し答えに困っていた。 「そやなぁ~…どうしようかな~? 店の看板猫にでもなってくれたらええねんけど…それよりもちゃんと育ってくれるんかどうかも心配やしな~」  私が苦笑しながら答えると、こうちゃんは本気にした様子で…座敷に置いた箱の中へ子猫を戻しながら前向きな意見をくれた。 「それええな♪ 看板猫! 猫のおる飲み屋っていうのも有りかもしれへんで? 育ってくれるかどうかはこいつの生命力かもしれんけど…きっと大丈夫やと思う。俺も協力するしな♪ そしたら、名前決めたらなな。ええ名前を考えたらなアカンよな~」  そう言って腕組みしながら真剣にこうちゃんは、子猫の名前を考え始めた。しばらく考えながら、私が仕込みをしているおでんをジィーっと眺めてこうちゃんはひらめいたみたいで口を開いた。 「がんも! がんもってどない? なんかこいつマダラな柄やし。がんもでええんちゃう?」  子猫の所へ行って子猫の頭を優しく撫でながらこうちゃんは、私じゃなくて子猫に同意を求めていた。 「そやな♪ オスかメスかも良うわからんから…がんもって、ええ名前かもな~!」  私は、笑って子猫の代わりにこうちゃんに同意して名前はがんもにすることにした。こうちゃんにミルクをたっぷり飲ませてもらったがんもは、箱の中で丸くなって気持ち良さそうに眠ってしまっていた。  その後こうちゃんは、一度帰って明日の段取りをしてからまた来るわと言って店を出た。  日が暮れて…店を開けようと戸を開けると、仕事を終えて真っ直ぐ店に帰って来た美花ちゃんと宗ちゃんと拓海(たくみ)ちゃんが店に入ろうとしているところやった。店の中に入った三人は、吸い寄せられるようにすぐに座敷におるがんもを見つけて声を上げて騒ぎ出した。幸いこの子達も猫は好きらしくて、がんものおる座敷に座り込んでしまった。 「私…明日休みやから、店終わるまでこの子の世話してあげるわ~!」  美花ちゃんが張り切って手をあげてがんもの世話役を名乗り出ると、拓海ちゃんが心配そうに美花ちゃんに聞いていた。 「おいおい、美花に子猫の世話なんか出来るんか?」 「ちょっと、拓ちゃん酷いわ~。これでも私…子猫の世話した経験ありますから~」  美花ちゃんは、すぐに拓海ちゃんに言い返してから子供みたいにあかんべーをしていた。子猫が一匹おるってだけで、店の中はいつもより賑やかで明るい感じがした。次々と常連のお客さんが入って来たけど…誰もがんもを嫌がる客はおらんかったし、逆におることを皆で楽しんでくれていた。  そうこうしてるうちにこうちゃんも戻って来て、美花ちゃんたちが座ってる座敷に一緒に座り込んでいた。がんもが「ミャ~」と鳴く度に…皆で箱の中を覗き込んでは「ちっちゃいなぁー」とか「可愛いなぁー」とか言って、がんもの頭を撫でていた。私は、がんものお陰でうちに来てくれるお客さんが優しい良い人たちばかりで私は幸せなんやな~って改めて気付かせてもらったことに感謝していた。 「がんもは、運の強い子やね~♪ オカンのお店のゴミ箱の側に捨てられてたから、こんなに温かい寝床でミルクをたっぷり飲ませてもらって安心して気持ち良さそうに眠ってられるんやからね~」  亞夜子ママが、クスクスと笑いながらがんもの運の強さを感心していると…高田さんも頷いて箱の中のがんもを覗き込んでいた。 「確かにね。今日は特に冷え込んでるから、その辺の道端へ捨てられてたら凍えて死んでしまってたかもな~。ほんま運のええ子やで」  そう言うと、高田さんはカバンからカメラを出してがんもの寝顔を撮り始めた。しばらくして、店の戸を勢い良く開けて帰って来たのはこうちゃんの彼女の麻由美ちゃんやった。 「オカン! ただいま~♪」  私が、麻由美ちゃんのコートを預かって熱いおしぼりを出してる間に麻由美ちゃんもさっさと座敷に座り込んでいた。 「なんや可愛い~♪ めちゃくちゃちっちゃい子猫やん!」 箱の中のがんもを見つけて嬉しそうに麻由美ちゃんは、声を上げていた。 「この子おしっことかさせてやった? このくらい小さいと自分で出来ひんからポンポンってしてさせてやらんと! こうちゃんの家の猫の茶々丸も、最初はこれ位ちっちゃかったよなぁ♪ 二人で世話したん思い出すわ~」 「そやから俺が全部さっきやったわ! オカンにも教えたからもう大丈夫やと思うで!」  麻由美ちゃんも猫のことには詳しいみたいで、こうちゃんに色々と確認しながらがんもの頭を人差し指でちょんちょんっとつついて笑っていた。 「そう言えば…こうちゃんと麻由美ちゃんって幼馴染みみたいやけど? そんなに付き合い長いん?」 「長いいうもんちゃうで! 生まれた時からずっと家が隣同士やからな。何でも知ってるよ♪」  麻由美ちゃんは、こうちゃんの顔を覗き込んでクスクスと笑いながら宗ちゃんの質問に答えていた。 「腐れ縁って奴や! 昔っからコイツは、俺の嫁さんでもないのに勝手に世話焼いて家の中に上がり込んで居座ってたからな! うちの親も麻由美の親も、麻由美が俺の家に上がり込んでても当たり前みたいに思ってるわ」 こうちゃんは、少し照れ臭そうに答えると…麻由美ちゃんに軽くデコピンしてから立ち上がっておでんをカウンターの中まで取りに来た。 「今日はがんもと大根と牛すじにしよ~♪」  こうちゃんが自分でおでんを器に入れている横で、私は子猫にあれこれこうちゃんが買ってきてくれたことを思い出して今日のお勘定は受け取らんことにすることにした。 「こうちゃん。今日は、勘定ええで…子猫にミルクとかあれこれ買うてきてくれたしな♪」  こうちゃんの耳元で私が小声で伝えると…こうちゃんは、ニコニコ嬉しそうに笑って頷いていた。 「ミャ~! ミャ~!」  お腹が空いたのか、がんもが鳴き出したら今度は麻由美ちゃんがせっせとミルクを作って世話をしていた。 「やっぱり子猫て可愛いなぁ~♪」 ミルクをやりながら、麻由美ちゃんも美花ちゃんも母性本能をくすぐられているようやった。 「ほな、そろそろあんたらも赤ちゃん作ったらええやん!」  かなり酔いのまわった亞夜子ママが、こうちゃんと麻由美ちゃんに向かってどぎつい冗談を投げつけてきた。 「な、何をそんな直球で? ちょっと…返事に困るやん!」 麻由美ちゃんは亞夜子ママの冗談に驚いて耳まで真っ赤になってしまった。 「俺は硬派やからな。デキ婚はせんって決めてるねん。先にせめて入籍はせんと…なっ! そやろ? 麻由美?」  こうちゃんが何故か真面目な事を言ったから、その場におった客は皆で顔を見合わせてどっと笑っていた。こうちゃんと麻由美ちゃんは、今時ほんまに珍しい誰もが微笑ましいと感じるカップルやった。 「ほな、早う入籍して可愛い赤ちゃん見せてほしいわ~♪」 亞夜子ママはこうちゃんに容赦なくとどめを刺していた。 それだけでは収まらずに…もうすぐ三十路やし、確かに結婚してええ歳というか…遅い位やで~とか、何時の間にか皆に二人が酒の肴にされていた。 「わかった。結婚する。結婚するねん! 今年はする。ほんまや。嘘やないで?」 いきなり立ち上がったこうちゃんは、顔を真っ赤にして麻由美ちゃんに向かって大きな声で叫んでいた。 「今年中には、ええ日決めて結婚しようて思ってたんや!」  ちょっと照れくさそうにこうちゃんが言ったら、麻由美ちゃんは驚いたのと嬉しいのとでちょっと上ずった声で答えていた。 「そっ、そんなんこんなトコで…皆がおるとこで…ほんま…恥ずかしい。こうちゃんの阿呆~!」 茹でたタコみたいに真っ赤になった顔を、麻由美ちゃんは慌てて恥ずかしそうに両手で隠していた。 「良かったなぁ~♪ いつ決心するんやろな~ってほんま心配しとったんやで~。こうちゃん。麻由美ちゃん。おめでとう♪」  私は二人にお祝いの言葉を伝えてから、とっておきのワインとグラスを渡した。 「今日は、特別にこうちゃんが麻由美ちゃんにプロポーズした日という事で、皆でお祝いしよう♪」  宗ちゃんも立ち上がってこうちゃんと麻由美ちゃんを二人並べてみんなで乾杯をして突然のこの出来事を祝っていた。 「がんものお陰かもな~。決めてた言うても…なかなか照れ臭くて口に出せんかったからな~」 こうちゃんは、鼻の頭を真っ赤にして少しまだ照れ臭そうにしていた。麻由美ちゃんは、現実を噛み締めて嬉し涙を流していた。  その後は、朝方までみんなで飲めや歌えやで盛り上がって騒ぐだけ騒いだらええ顔してこうちゃんと麻由美ちゃんは一緒に帰って行った。美花ちゃんと宗ちゃんに片付けを手伝ってもらって、帰ろうと思って私が箱の中のがんもをふと見ると…グッスリと気持ち良さそうに丸まってがんもはスヤスヤと寝てしまっていた。ほんま…がんもは運の強い子なんかもしれへんね。きっとええ看板猫になってくれるんやろな。ふふふ♪
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