亞夜子ママの誕生日

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亞夜子ママの誕生日

 今日は店が休みやったから、私は少しゆっくり起きて軽く食事を摂って洗濯と部屋の掃除をしていた。 お昼を過ぎた頃に「オカンの店」のオカンからメールが届いて、唖然とした。だって…うちの店の薫子が、昨夜遅くに店で酔いつぶれてしまって家に帰れずにオカンの所に泊まってしまったっていう内容だったんだもの。私は急いで出掛ける支度をして、オカンの店に向かった。あの子ったら…この間から同棲してる男と色々あったみたいやったから、昨夜はきっと飲み過ぎちゃったのね。  私が2日酔いの薬と、スポーツ飲料を買って行かなくちゃと思ってコンビニへ入ると、薫子と仲の良い蘭子が私より先に必要なものを買い終えていた。 「亞夜子ママ! オカンから連絡あったんやね!」 「蘭子も昨日一緒に飲んでたんか? あんたはしっかりしてるから酔い潰れるなんてことは無いやろけどね。とりあえず、2日酔いの薬とか買うて行こう思ってんけど…蘭子が買うてくれたんやったら、うちはがんもに猫缶買うて行くわね」  猫缶を手土産に薫子とオカンの店に行ったら、まだ開店時間でも無いのに中からは賑やかな声が聞こえていた。 店の戸を開けて入ると、そこにはこうちゃんと宗ちゃんと美花ちゃんと和美ちゃんががんもを囲んで楽しそうに騒いでいた。ほんとこの子たちもここが好きなんよね。 「おはようさん。なんや? あんたら、みんなで揃って開店前に何してんの?」 「オカンがな、薫子ちゃんを介抱して大変やったから…がんもの世話を手伝いに来とったんや!」 すぐに私の質問にこうちゃんが笑いながら答えて、少し大きくなったがんもを私に抱き上げて見せてきた。 「もぉ~♪ 可愛いやないの~。子猫って、ほんと大きくなるの早いわね~」  ついついがんもの可愛さに私は声をあげてしまった。ほんま子猫って癒されるわね~♪ 私はそうっとがんもの頭を撫でてから、猫缶の入った袋をこうちゃんに渡した。 それから、一息ついて店の中を見渡すと薫子が居ないじゃない。私はこうちゃんに薫子がどこに居るのか聞くと、オカンが私にメールをくれたすぐ後に…薫子が、突然酷い腹痛を起こしたからオカンがすぐ近くにある総合病院へ連れて行ったと説明してくれた。 ほんっと迷惑かけ倒しちゃって…薫子ったら困ったもんだわ! なんて言いながら開店準備が気になって、私がカウンターの中に入って確認すると…殆ど今日の仕込みは終わっていた。さすがオカンやね。帰って来たらすぐにでも店を開けれるようにしてある。 ふと、まな板の上を見ると…ポンっとほうれん草の束が置いてあったので、きっと胡麻和えかお浸しにするつもりやと私は思ったから、胡麻もあることやし胡麻和えの段取りをしておくことにした。 「ミャ~♪ ミャ~♪ ミャ~♪」  がんもがお腹を空かして鳴き始めた。ほんと、この店は何時来ても賑やかなのよね。 「ただいま~。がんも大丈夫やった?」 ほうれん草の胡麻和えが丁度出来上がった頃に、店の戸が開いてオカンだけが帰って来た。 「オカンごめんね。うちの薫子が世話掛けてしもて~」 「亜夜子ママ~♪ 来てくれてたんやね。なんかな、薫子ちゃん…検査したら胃潰瘍やて言われてな~…そのまま入院や言われてん。暫く絶食して点滴やねんて」 私が頭を深々と下げると、オカンもオカンで私に申し訳なさそうに薫子の病状を詳しく話してくれていた。 「もっと気をつけてあげてたら良かってんけど…気付いてやれんかって、ほんまごめんやで!」 「何言うてるんよ。オカンは何も悪くないわ。薫子が、自己管理出来てないだけやから…気にしないでよね!」  優しいオカンは雇い主の私を責めるどころか、自分自身に責任感じてる様子やった。オカンてこういう人なのよね。ほんま心根が優しい懐の深い女なのよ。 「薫子ちゃんも薫子ちゃんで、色々彼氏とあったみたいやからな……あんまり怒らんといたってな!」  オカンはそう言って私が薫子を怒らんようにと念押ししてくれていた。今日は、安静にした方が良いらしいので蘭子に様子を見に行かせることにして私は、明日にでも見舞う事にした。私が行くと薫子が気を揉んで余計に具合が悪くなりそうやしね。小言は病気が治ってからいくらでも言えるしね。 そうこうしてる間に日が暮れてしまったけど…家に帰っても今日は1人やったから、私はそのままオカンの店で夕食を済ませて少し呑んで帰ることにした。 オカンもゆっくりしていってと言うてくれたしね。  少し大きくなった子猫のがんもは、女の子やったらしくて世話も思っていたより大変では無かったとオカンは笑っていた。体の大きさがここへ来た頃と比べたらふた回りほど大きくなっていて、目も見えるようになって座敷をちょこちょこ歩き回っている。またその姿が可愛いいのなんのって…生き物が苦手な私もついつい顔が緩んでしまっていた。 「子猫がおる飲み屋も、なかなか場が和んでええ感じやないか!」  機嫌良く口を開いたのは、久し振りに店に顔を見せた松爺やった。頑固ジジイも子猫の可愛さには、絆されるんやね。あんまり普段は見せた事が無いような優しい顔をして、松爺が笑ってるから子猫って凄いわね。 「松爺にもそう言うて貰えるなんて有難いわ~。最初は、少し気を揉んでたんやけどね。みんなでがんもを可愛がってくれるし、気のええお客さんばかりでほんま感謝してるんよ!」  オカンは嬉しそうにそう言うと…鶏の唐揚げを大皿に出して、これはオカンからのサービスやからとみんなに振舞っていた。ほんまにこの店は儲かってるんやろか? 私は毎回ここへ来ると心配になるんやけど、オカンはこんな調子でもう20年もここでこの店をやってるらしいから大丈夫なんやろね。 私がオカンを眺めて感心してると、店の戸がゆっくりと開いて帰って来たのは蘭子やった。 「ただいま~! 薫子の様子見て来ましたぁ~♪」 「おかえり~お疲れさん。薫子ちゃん…どれ位入院するて言うてた?」 すぐに心配そうにオカンが聞くと、蘭子はカウンターに座ってタバコに火をつけながら答えていた。 「担当の先生が、最低でも2週間は入院って言うてました~」 蘭子はオカンにそう答えてから、私の方に向かって口を尖らせながら薫子の様子を報告してきた。 「亞夜子ママ~。実は薫子の彼氏が、病院へ薫子の身の回りの物持って来てましたよ~。大喧嘩して、出て行くとか何とか言うてたみたいなんですけど~。薫子が入院したって聞いて、思い留まったみたいで犬も喰わないって奴でしたよ!」  喋り終えると、蘭子はジョッキのビールを一気に飲み干してやってられないわと言って笑っていた。 丸く治まったなら、それはそれで良かったわ…と私は思っていた。だって心は女といくら頑張ってみても、世間様にはなかなか認めてもらえないからオネエの恋愛ってほんと障害ばかりなのよね。 薫子も色々苦しんでるに違いないわ。なんて、私が物思いにふけってると…オカンが小声で私に話し出した。 「薫子ちゃんな…実は、彼氏の親に別れてくれって200万円渡されたらしいわ」 「やっぱり…そうやったんやね~…ただの喧嘩なんかじゃ胃潰瘍になんてならないわよね…」  オネエの恋愛なんて、なかなか世間は認めてくれないのよ…と私が溜息を吐くと、オカンが私の手をギュウっと握って真剣な顔で私を見ていた。 「亞夜子ママがそんな弱気でどうするん? もっと堂々とお手本になってやらんとアカンやん!」  オカンは本気で私を叱ってくれていた。そして、蘭子が私の横へ来て水割りを作りながら冷たい口調でまた話し出した。 「あんなお金! その場で叩きつけて返してやればスッキリするのに! 薫子は優しいからそれが出来なかったみたいで、彼氏にそのお金を渡したらしいんですよ!」 話し終えると、蘭子は大きな溜め息を吐いていた。  薫子からお金を渡された彼氏は、親にそのお金を返さずにその内の20万程競馬やパチンコで使ってしまったらしくて、薫子は怒って彼氏に出て行け~って、啖呵を切って家から追い出してしまったらしいのよね。 病院へ来た彼氏に蘭子がどうするつもりか聞いたら、結局そのお金は彼氏が親に返してきたらしくて彼氏は薫子と別れる気は無いと言い切っていたみたいだから今回は私は口を挟まないでいようと思った。 「そろそろ始めてもええんちゃうかな? オカン用意出来てる?」 カウンターに座っていた高田ちゃんがオカンに何か合図をしていた。 「出来てるよ~♪ バッチリやで~!」  オカンが声を大にして叫んだと思ったら、店の中が暗くなって…蝋燭が灯ったデコレーションケーキをオカンが、私の前に差し出して笑っていた。 「お誕生日おめでとう! 亞夜子ママ~!」  オカンが叫ぶのと同時に…“パンパン!”ってみんなが、持っていたクラッカーを鳴らしたから凄く私は驚いて立ち上がってしまった。 そうやった。忘れてた…。2月10日は、私の誕生日じゃない!  スッカリ自分の誕生日なんて忘れていたのに…みんなは忘れずに憶えていてくれたのね。皆に急かされて蝋燭の火を吹き消したら、皆で立ち上がっておめでとうって祝ってくれていた。蘭子からは、薫子と蘭子からと言って大きなバラの花束を貰った。本当は薫子も一緒に祝うつもりで計画していたらしい。でも、薫子はあんな事になってしまって…凄く悔しがっていたとオカンが教えてくれた。  40回目の誕生日を…こんな風にみんなに祝ってもらえるなんて思っていなかったから、嬉しくて嬉しくて涙が出ちゃったわ…。 化粧が落ちちゃうじゃないのよ! 馬鹿~~~! 「大成功ですね。いつも頑張ってる亞夜子ママに何かしてあげたくて…店の子とオカンに協力してもらったんです」 高田ちゃんが笑いながら、私の頬を流れる涙を拭いてくれた。 「もう~! そんな事言ったら、本気で惚れちゃうじゃない」 「俺のほうが、すでに惚れちゃってるよ!」  私が泣きながら高田ちゃんの胸を叩いてると、高田ちゃんはリボンの付いた自分の部屋の鍵を差し出していた。 「俺と一緒に暮らしてくれへんか?」 もう~! 今日はいろんな事があり過ぎて、夢を見ているんじゃないかと…私は自分で自分のほっぺたをギュ~っとつねったら…痛かったわ…夢じゃなかった。私だけが知らなかったと言うか、私の鈍さにしびれを切らした蘭子と薫子が高田ちゃんと一緒に今日の事を一ヶ月も前から計画していたらしいんだけど…。 全く気付かなかったわ~…まさかこんな私の事を好きでいてくれて、お店に通っていてくれていたなんて…夢にも思わなかった。 夜が更けるまでみんなに祝ってもらって、そのまま高田ちゃんと私は一緒に店を出た。  その後はって? もう~! そんな野暮な事は聞かないでよね! 秘密よ! ひ・み・つ!
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