拓海と美花とバレンタインデー

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拓海と美花とバレンタインデー

 今日は、2月14日…。1年の行事の中で、独り者の俺には縁のない最悪なイベントの日やった。 「ええなぁ~、相手のおるやつは…楽しそうで」 「拓海ちゃんも、早くええ人見つけなアカンね~」  カウンターに座って、俺が1人で拗ねていると…  オカンは、クスクスと笑いながら生ビールのおかわりを俺に手渡した。 「拓海ちゃんも誰か好きな子とかは? おらへんの?」 「出会いがないんや。この店にも、出会いを期待して通ってるんやけどなぁ~」  もうすぐ26歳になる俺は、実は好きな子と聞かれても…自分でも、ピンと来んかった。こんな性分やから、仕方ないんやと…自分でも恋愛に関しては、諦めてる。   そやけど…こんなイベントの日になると、やっぱり彼女がおる奴が正直言うて羨ましいと思うねん。ここへ来るまでの間にも、どう見ても俺のほうがイケてるやろ?っていうようなパッとしない野郎が、めっちゃ可愛い彼女を連れて歩いてたしな。 *********** 「ただいま~♪ お腹空いた~♪」  店の戸を開けて、いつもと変わらん同じセリフで美花が仕事を終えて帰って来た。 「おかえり~美花ちゃん。今日も1日お疲れさん!」  オカンに熱いおしぼりを貰って、美花はニコニコしながら俺の横に座った。 「あ~~! 疲れた~。今日は、殆ど外回りでめっちゃ歩いたから足が痛いわ~!」 「それやったら! 座敷の方に拓海ちゃんと座ったらええやん。もうすぐこうちゃんらも来るやろし、ええやろ? 拓海ちゃん♪」  俺に気を利かせたつもりなんか知らんけど…オカンは、ニヤニヤ笑って俺らを座敷に座らせた。 「ミャーミャー…ミャー」  また少し大きくなったがんもが、俺の膝にすり寄ってくると美花が俺の横に来てがんもを抱き上げて笑っていた。 「猫に好かれてもなぁ~。今日みたいな日は虚しいだけやねんけどなぁ~」 「そうなん? チョコくれる彼女もおらんの? 拓海ちゃん。学生の頃は、沢山チョコ貰ってたのになぁ~」  美花はがんもを膝へ乗せて俺を見てクスクス笑いながら、オカンに夜定食を頼んでいた。  そうやねん。美花がいう通り…中学、高校が、俺の1番のモテ期やった。社会人になってからは、仕事場が男ばっかりやから色気もクソも無かった。  出会いを期待出来るのはほんまにこの『オカンの店』しかなかった。  俺が少し物思いにふけってる間に、美花は夜定食を美味しそうに食べながらスマホに夢中になっていた。 「そういうお前は、チョコ渡す相手くらいおるんやろな?」  俺が美花に顔を近付けて聞くと、美花は少し慌てた様子で顔を少し赤くして必死に誤魔化そうとしていた。 「そ、そんなん別におるというか……。なんていうか……。もう~! どうでも良いやん!」  良くはわからんけど……。それ以上聞くとアカンような気がしたから俺は聞かんかった。 「オカン! ただいま~」  店の戸が開いて、こうちゃんと宗ちゃんと麻由美ちゃんが揃って帰って来た。  3人は迷わず俺と美花が座ってる座敷に腰を下ろした。宗ちゃんの持っていた大きな紙袋を指差してこうちゃんがニヤニヤと笑いながら宗ちゃんをちゃかしていた。 「宗ちゃんって会社でめっちゃモテるみたいやで! その中全部チョコらしいわ!」 「ちゃうちゃう! 全部義理チョコって奴やから別にモテてないんやで!」  宗ちゃんは顔を真っ赤にして、慌てて紙袋を自分の後ろに隠した。 「宗ちゃんも大変やな! そんなに貰ったらお返しが大変やもんなぁ~」 「わかります? ほんま大変なんです。返さんかったら何言われるかわからんからお返しせんわけにはいかないでしょ? 誰から貰ったかを覚えとくだけでもほんま大変でほんまに好きな人にだけ渡せばええと思うんですけどね」  一気にビールを飲み干して宗ちゃんは照れ臭そうに頭を掻いていた。  俺は気になって宗ちゃんの紙袋を覗き込んでみた。するとそこには、確かに綺麗に包装されたチョコが何個も入っていてそのチョコ1つ1つに名前を書いた付箋が貼ってあった。 「そんなん! 貰わへんかったらええやん! 僕は、ほんまに好きな人からしか貰いません。とか言うて、貰わんかったらええのに!」  宗ちゃんに向かって、少しむくれた感じで美花が叫んでいた。 「そういう訳にはいかんのと違う? 宗ちゃんにも会社での立場とかもあるやろしな! 穏便にしとかんと仕事が回らんようになると困るんやで? 女って怖いからな~」  麻由美ちゃんが、宗ちゃんを庇う形で美花を宥めていた。やっぱり麻由美ちゃんは大人やな。 「何度か断ったりもしたんやけどな。折角用意したんやからって押し切られたりして、さすがにそれ以上は僕も断りきれへんかったんやわ」  宗ちゃんは、苦笑いしながら生ビールをおかわりしていた。 「こういうイベント事は、やっぱり学生の頃が一番楽しく感じたな~。好きかキライかってことがはっきりしてたしな!」  こうちゃんが宗ちゃんの背中を叩いて笑った。  それにしても…さっきから俺が気になってるんは、美花がちょっと機嫌が悪いと言うことなんやけど…。どうしたんやろ? 宗ちゃんの紙袋一杯のチョコを見てから、どうも美花の様子がおかしい気がする。  あいつ…もしかしたら、宗ちゃんを好きなんか? それならそれで、面白いし…俺は、このまま様子を見ることにした。  ****************  チョコの話で盛り上がってる間に…店は満席になっていた。オカンが、忙しそうにしてるので、俺はいつものようにカウンターに入って洗い物を手伝うことにした。 「拓海ちゃんは、ほんま優しいなぁ~♪」  オカンを手伝ってる俺を見て、カウンターに座ってた桜絵(さえ)ちゃんがニコニコと笑ってる。 「口説くなら今のうちやで~♪ 拓海ちゃん。今、寂しい独り身やからな~! お買い得やで~!」  オカンは、俺を桜絵ちゃんの前に立たせて「今なら半額!」とか言うて、俺のことを本気で勧めていた。 「オカン! 俺を安売りせんといてや~! 俺は高いんやで!」  俺がオカンに向かってツッコミを入れていたら、桜絵ちゃんが楽しそうに声を出して笑っていた。 「それで? どれ位高いん? 気になるわ~♪ 拓海ちゃんて…ほんまに独り身なん?」  今度は、桜絵ちゃんに顔を近付けてツッコミを入れられて…ちょっと、俺は焦っていた。桜絵ちゃんは、繁華街のクラブで働いてる1番人気のホステスなだけに、めっちゃ色気たっぷりでべっぴんさんやから、口説かれて落ちひん男はおらんと思う。でも、水商売の女は危険やからな。俺は、そこをグッと我慢するねん。 「うちなぁ~。そろそろ、この仕事辞めて昼間働こうかなぁ~って思ってるねん」  俺の気持ちを見透かしてるかのように、桜絵ちゃんは自分の近況を話し始めた。 「なんで? 店で何かあったんか?」  凄く気になってしもて、俺が身を乗り出して聞くと 「うちな、半年くらい前から好きな人が出来てしもて…仕事に身が入らんようになってしもてな……今日もほんまは、店に出なあかんかってんけど…休んでしもたんよ」  溜め息を吐きながら、色気タップリの目をして桜絵ちゃんは俺のことを見て少しだけ笑っていた。最近ずっと桜絵ちゃんが、この時間にオカンの店におるからおかしいな~とは思ってたんやけど…そういう事やったんか~。 「お父ちゃんの借金返すために18の時からこの仕事始めて、去年全部借金の返済が終わったから、うちも今年で25歳になるし、そろそろほんまに昼間の仕事をしたいと思うねんけどね。店のオーナーさんにもう少しだけおってくれって頼まれて続けてるんやけど…。そろそろ、潮時かなぁ~って思ってるんよ」  桜絵ちゃんは、こんな俺に自分の身の上話をしながら、オカンにワインを注文していた。桜絵ちゃんにその人と付き合ってるんか?って俺が聞くと 「多分相手は全然うちの気持ちに気付いてへんわ~。フフフ♪」  ちょっと哀しそうな目をして、桜絵ちゃんはオカンに預けていた紙袋を出してくれとお願いしていた。するとオカンは、棚の中から赤い紙袋を取り出して、桜絵ちゃんに手渡していた。 「はい♪ 受け取って。うちの手編みのセーターとチョコや♪」  俺のことを真っ直ぐに見て立ち上がった桜絵ちゃんが、俺に向かってその紙袋をにっこり笑顔で差し出していた。 「え? え? 俺に? マジで? ほんまに?」  俺が慌ててると、オカンがかなり呆れた感じで俺の背中を力いっぱい叩いてた。 「拓海ちゃんは、ほんま鈍いからな~。うちは、もうずっと気付いてたんやけど。ほんまに気付いてなかったんやな~」  俺は、オカンに言われてようやく思い出した。去年の秋頃、桜絵ちゃんに肩幅やら胸回りやらって寸法測らせてくれって言われて何でやろ? って思いつつその時は、されるがままやったからスッカリ忘れてた。 「俺なんか…相手にしてもらえるわけないって思ってたから、全然気が付かんかった。ありがとう! めっちゃ嬉しいわ♪」  俺が嬉しくて感動してたら、桜絵ちゃんの目から涙がこぼれそうになっていた。 「おいおい! ちょっと待って! 泣くこと無いやん。悪かったって。俺が気付かんで悪かった!」  俺は慌てて新しいおしぼりを出して桜絵ちゃんに渡した。 「なんかそこ~! 盛り上がってるやん!」  俺が慌てふためいてると、こうちゃんと麻由美ちゃんが笑ってこっちを見ていた。すると、今度は美花がいきなり立ち上がって自分の持って来た紙袋を宗ちゃんに向かって差し出して渡していた。 「私も。私も手編みのマフラーと手作りのチョコ! 義理と違うからね!」  耳まで真っ赤な顔をして、少しうつむき加減やったけど…アレはアレで美花なりに頑張っていたと思う。 「あ、ありがとう! 嬉しいわ! ほんま嬉しい。ありがとう♪」  宗ちゃんも立ち上がって、紙袋ごとそのまま美花を抱きしめていた。宗ちゃんのくせになかなかやるやん。  宗ちゃんと美花を見て俺も負けじと、桜絵ちゃんにもう一回ありがとうって言ってから、優しく桜絵ちゃんを抱きしめていた。  その後は、皆で盛り上がって…年に1回の俺にとっての最悪なイベントが最高のイベントになっていた。
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