比奈の決意【浩二編】

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比奈の決意【浩二編】

   比奈ちゃんが帰って来て、一ヶ月が過ぎようとしていた。  皆が予想していた通り、やっぱりオトンは家でじっとは出来んかったらしくて…。俺が、気付いた時には…ふらっとどこか今回は、国内らしいけど…旅に出た後やった。 まぁ、そない言うてもいつものことやったから…オカンも比奈ちゃんも何とも無い様子で、俺が野菜を届けた時には二人で仲睦まじく店の開店準備を始めていた。  座敷では、がんもと絵美里ちゃんが仲良くベビー布団で気持ち良さそうにピッタリ引っ付いて寝ていた。 「オトンが、また勝手に旅に出たって聞いてんけど…? ホンマなん?」 「ほんまやで。どうせ…家におっても、なんか居心地悪そうやし。オトンは、ふらふらと旅してるんが性にあってるんやと思う。そやから気にせんでええで」  カウンターの中へ回って、野菜を置いてから俺がそうっと聞いたら、オカンは全然いつもとおんなじで俺の背中を軽くポンポンって、叩いて笑っていた。 オカンは、今日の夜定食のメインを肉じゃがにするらしくてじゃがいもを洗って皮むき器で剥きながら、ほんの少しだけため息混じりに話してくれた。 「私が、毎日店をやってんと気持ちが落ち着かんように…オトンも、毎日どこかへ旅してな落ち着かんようになってしもたんよ。その気持ちがわかるだけにな、好きにさしてやろうと思ってるねん。他人から見たら、おかしな夫婦なんやろけどね~」  オトンもええ歳やから、心配と言えば心配なんやけどね~と比奈ちゃんと顔を合わせてオカンは笑っていた。 「そう言う比奈ちゃんとこは? 旦那さん。仕事…まだ、大変なん?」 「そのことは話したくないから、黙秘する!」  比奈ちゃんに旦那さんのことを聞いた途端…その場の空気が、がらっと張り詰めた空気に変わってしもて…比奈ちゃんは、俺に背中を向けてしまった。 俺がオカンに理由を聞いたら、ついさっき電話で旦那とケンカしたとこやったらしい。  比奈ちゃんは、悪気があって旦那に聞いたつもりは無かったらしいねんけど、今後のこともあるから軽い気持ちで、いつまで日本におることになりそうなんかを聞いたら、なんでか知らんけど…逆ギレされたらしい。 これは相当今の仕事が手こずってて…旦那も苛立っとったんちゃうやろか?って単純な俺は、この2人のケンカを軽い気持ちで考えていた。まさか、このケンカが後であんなに尾を引くことになるやなんて、この時は想像もしてなかったんや。 *************  比奈ちゃんが、雅章さんとケンカをしてから一週間が過ぎていた。 俺は、そろそろ…麻由美との結婚式の準備に取り掛からなアカンなと、思っていたので、オカンの店で麻由美と色々打ち合わせをしながら、結婚式がどんだけ面倒なものかということを思い知らされていた。 「こうちゃん後悔してるやろ? 結婚式ってほんま面倒やからな~」 俺の気持ちを見透かしたように、麻由美と比奈ちゃんがケラケラと笑っていた。 「面倒でもこれはケジメやからな。麻由美は、入籍だけでええって言うけど麻由美の両親に申し訳がたたんやろ?」 痛む頭を抑えながら、俺が苦笑していたら…横で聞いていたオカンが、心配して口を挟んできた。 「こうちゃんは、義理堅いからな~。そやけど、もう少し簡単に身内だけで済ませてもええん違うん? 麻由美ちゃんのお母さんも心配しとったで!」 オカンは、少し考えてから…俺と麻由美を見てニッコリ笑って二人の式についてアドバイスしてくれていた。 「まだ、式場も予約してへんのやろ? 招待状もこれからなんやし。麻由美ちゃんが、こないだ私に『ローズマリー』を貸し切って出来ひんかなぁ~って聞いてたから、昨日、亞夜子ママに聞いてみたらな。別にええでって言うてくれたんやで♪」 いつの間に麻由美は、オカンにそんなことを相談しとってん。  俺は、全然知らんかったからちょっと驚いて、麻由美の顔をチラッと見たら…麻由美が、両手を合わせて俺に頭を下げて笑っていた。 『ローズマリー』なら…そこそこの広さがあるから、立食にすれば予定してる人数くらいなら、なんとかなるんちゃうか?ってオカンが提案してくれたらしい。 「こうちゃん。ごめん。やっぱり、少しでも蓄えは残したいなぁって思って、結婚式を安くで挙げれて格好がつく方法無いかなぁってオカンに相談しとってん」 「麻由美の親がそれでもええんやったら、俺は別にどんな式でもかまへん。そんなに謝ることやないやろ?」  俺があっけらかんとして笑ってたら、比奈ちゃんが俺らの顔をまじまじと見ながら大きな溜め息を吐いていた。 「ええなぁ~。麻由美は、こうちゃんが優しくて。雅章はなぁ~。こうするって決めたら、うちのことなんか無視して突っ走りはるから、何時もうちは置いてきぼりなんや…」 比奈ちゃんは、そう言うと…寝てる絵美里ちゃんを見ながら、うちもそろそろどうするか考えなアカンかもしれへんなぁ~と…遠い目をしていた。 *****************  その日から一週間は、ほんま忙しかった。  亞夜子ママに麻由美と二人でお願いに行って、日取りは出来れば比奈ちゃんに出席してもらいたかったから、五月の最後の日曜と言うことに決まって、招待客を絞って案内状も手作りで美花と麻由美が用意することになった。 俺が、一応比奈ちゃんに結婚式に出席してもらえるんかを確認しにオカンの店へ麻由美と寄ったら、比奈ちゃんの怒鳴り声が店の中から聞こえて来た。俺は、とばっちりを食らわんように…恐る恐る戸を開けて二人で中へ入ると、そこには雅章さんがおった。 「比奈! ちょっと、落ち着き! 怒鳴っても仕方ないやろ? 雅章さんも座敷に座ってちょっとゆっくり話し合い! 私は、お茶入れるから!」 緊迫した空気の中で、オカンが必死に二人に割って入って仲裁していた。  三人は、俺らに気がついて…ちょっとバツの悪そうな顔をしたけど、席を外せとは言わずに…オカンは、俺らにカウンターに座るように勧めてくれたから…取り敢えず座ってこの状況を見守ることにした。 「久し振りにやっと顔見て話せると思うから、これからどうするん?って聞いてるのに…ハッキリ答えられへんって、どういうことなんか教えてもらえるやろか?」 比奈ちゃんが、少し声のトーンを下げて聞くと…雅章さんは、そのまま黙って何か考え込んでいた。 「だから…ダンマリは、辞めてキチンと話すべきことは話してもらわなわからへんやろ? 絵美里は、まだ小さいから学校とか関係ないから別に気にせんのかもしれんけど、もうそろそろどうするか位は話してくれてもええん違うん?」 比奈ちゃんは、この一ヶ月間…これからのことを、どうするとも相談もしてくれへん雅章さんに不安を感じながらも、我慢して話してくれるのをずっと待っていたらしい。  比奈ちゃんは、どんだけ待っても雅章さんが今後のことをなかなか話してくれへんもんやから…この前、痺れを切らしてどうするのかを電話で聞いたら逆ギレされて、その後何も連絡が無かったから…とうとう比奈ちゃんが、ブチ切れて[離婚しましょう]って、今朝早くにメールを送ったら慌てて雅章さんが飛んで来たらしい。 「このまま…本社に残ってくれとは、言われてるんや」 雅章さんの重い口がやっと開いた。 「但し、支店のほうも…月に一度は、様子見に行ってくれって上が言うんや…。だから…俺は、何処に拠点を置くか色々考えてたんや」 雅章さんは、頭を抱えながら…そのまま俯いて黙り込んでしまった。 「何で一人で考えるん? 一緒に考えさせてくれてもええんちゃうの?」 雅章さんに向かって叫んだ比奈ちゃんの声が少し震えていた。 オカンは、黙ったままカウンターの中から二人の様子を見守りつつ店の仕込みを続けていた。 「比奈ちゃんが、可愛そうやわ。なんか気持ちわかるわ~!」 二人の話を黙って聞いてた麻由美がとうとう口を挟んでしもてた。 我慢出来んかったんやろな…麻由美も比奈ちゃんとよう似てるしな。 「夫婦なら、夫婦やから、そういうことは真っ先に相談して欲しいって思うし、勝手に悩んで勝手に決められたら、私でもキレる!」 完全に麻由美は、比奈ちゃんを庇う形で意見を述べていた。 「雅章は、いつでもそうやからな。私には、何の相談もなく海外勤務も決めたし、結婚式の時もそうやった。何でも自分だけで決めるんや! うちなんかおってもおらんでも一緒やねん!」  比奈ちゃんは、そう叫ぶと…エプロンを取って座敷に放り投げて店の裏口から出て行ってしまった。慌てて俺が追いかけようとしたら、オカンに少し1人にしてやってと止められてしまった。 肝心の雅章さんは、日を改めますとオカンに頭を下げると、比奈ちゃんを放ったまま会社に戻ってしまった。  そんなんでええん? 大丈夫か? 俺も麻由美も顔を見合わせてこのままじゃアカンと思ったから、比奈ちゃんを探してこようか? ってオカンに聞いたら、オカンは頭冷やしたらすぐに戻ってくるよって苦笑いしながら、店を開ける用意をしていた。 「あれはな~、悪いお手本やと思っとき~!」 後ろから声がして、俺が驚いて振り向いたら…亞夜子ママが立っていた。いつからおったんやろ? 亞夜子ママは、店の前を通りかかって…比奈ちゃんの怒鳴り声が聞こえたから、そのまま気になって裏口の方で一部始終を聞いてたらしい。 「仕事仕事もええけど、もうちょっと周りの者を気遣えなアカンよね。しかも、一番側におる自分のパートナーを気遣えへんのは、最低やわ」 比奈ちゃんも、今まで我慢してたんやろけど限界かもね。と亞夜子ママは、タバコに火をつけながらオカンに向かって言った。 「雅章さんは、仕事が恋人やからなぁ~、比奈もわかってるんやろけど…今回はどうしても許されへんかったんやろなぁ~……」 オカンは亞夜子ママに答えながら、少し心配そうにため息を吐いていた。 「比奈がこないだから、ずっとこうちゃんと麻由美ちゃんの様子を見てて羨ましがってたんやで!」  オカンが俺らを見てしみじみと…ほんま、あんたらはええ夫婦になるわと太鼓判を押してくれていた。俺と麻由美が返答に困っていると、丁度良いタイミングで店の戸を開けて美花と宗ちゃんが比奈ちゃんを連れて帰って来た。 「ただいま~! なんかそこで魂抜けたみたいになってる比奈ちゃんがおったから連れて帰って来たよ~♪」 「おかえり~! 美花ちゃん宗ちゃんありがとう!」 やっぱり、オカンも心配してたみたいで比奈ちゃんの顔を見てホッとしてるようやった。 「何が遭ったかしらんけど、こんな時は呑んだらええと思う!」 美花が比奈ちゃんを座敷へ座らせて、今日はとことん呑もうと叫んでいた。 「仕事でストレス溜まってるから、私も今日は呑みたい気分やったからとことん付き合うで!」  美花のやつ、ほんまに呑む気まんまんで…運ばれて来た生ビールをあっという間に呑み干してしまった。俺と麻由美も座敷のテーブルを一つにして、皆で囲んで座って美花と比奈ちゃんに付き合って呑む事にした。 オカンは、比奈ちゃんには何も言わずにせっせと料理を用意してくれて、テーブルの上にはいつの間にか、比奈ちゃんと美花の好きなもんばっかりが並んでいた。  生ビールを4杯飲み終えた頃。張り詰めた糸が切れたように…比奈ちゃんは、泣き出してしまった。 「決めた。うちはもう決めたから、ここへ帰ってくる。もう何処へも行かへん! 絵美里と一緒に帰ってくる」 比奈ちゃんは、立ち上がってみんなに宣言していた。 酔った勢いか本気なのかは、明日の朝にならんとわからんけど…皆は、取り敢えず頑張れって比奈ちゃんにエールを贈っていた。 翌朝、二日酔いの頭を抱えながらも…比奈ちゃんがオカンに離婚の前に雅章さんとは別居すると、自分の決意を語ったことをその晩俺らは聞かされた。
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