ザンゾウカノジョ

2/6
前へ
/6ページ
次へ
 もうそれは“残像”としか表現のしようがなかった。  そこに立っていたのは確かに穂香の形をしているのだが、全体が半透明で、向こう側の壁や棚が透けて見える。アクリル樹脂か何かで彼女を型どって、水彩絵具でうっすらと彩色したみたいな感じだ。そんなのが部屋の真ん中にある。  これが、超視覚創像症の主な症状だという。何かの拍子で、患者の姿が写し取られたかのようにその場に残る。その像自体に害はないし、三時間ほどで消えてしまうのだが、自分の3D人形がいきなり出現したら恐ろしいに決まってる。  と、そこで僕は気づいた。なるほど。ここんとこ彼女が出かけたがらなかったのと、部屋が急に立ち入り禁止になったりしていたのはこれのせいか。僕は別に気にしないのにな。むしろ、こんなに精密に彼女の美しさが再現されるなら、消えなくていいと思うくらいだ。  しかし、これを残して彼女はどこに行ってしまったのだろう。もうどんどん薄くなっていってる残像は思い詰めた表情をしていて、部屋の中央にあるテーブルで荷造りをしている。多分、入院のための着替えなんかをバッグに詰め、ジッパーを閉めている瞬間なのだと思う。なら、彼女はそれを持って出かけたに違いない。  僕は追いかけるために急いで部屋を出た。彼女の通った道々に目印のように残像が立っている可能性があったけれど、それは三時間で消えてしまうのだ。消える前に見つけなければ、もう二度と彼女に会えない気がした。そんなのは絶対に嫌だ。僕は色んな事で飽和状態になった頭を振って考えた。  ここまで来る間に像はなかったから、多分それ以外の道だろう。バスを使うとしたら、こっちだろうか。あたりをつけて角を曲がると案の定、バス停の前で空間に融け始めている彼女を見つけた。学校帰りの小学生たちが、半泣きで走って逃げたり、木の枝でつついたりと、様々なバリエーションで残像に接していた。通りがかったお婆ちゃんなんか、すごい勢いで拝みだしてしまったし。いや、やめてやってくれ。  郊外行きのバスは病院前を経由するし、時刻表を指でなぞるように確認しているから、恐らくバスに乗ったのだろう。薄れていく悩ましげな横顔は、やって来たバスに乗り込む頃には跡形もなく消えてしまった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加