ザンゾウカノジョ

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 元の場所では、穂香の残像がさっきと同じポーズのまま立っていた。沈み行く夕陽に照らされて、琥珀の粒をあしらったかのように輪郭が煌めいている。横顔も、髪も、細い首も、肩も、指先も、全部が綺麗だった。  でも、これは彼女じゃない。彼女の一瞬を切り取っただけの、ただの立体的な写真みたいなものだ。この中に彼女の声はなく、命もない。 「ほのか…」  脱け殻のような身体を抱きしめてみた。鼓動を打たない身体は冷たく、胸を締めつける。 「頼むから帰ってきてくれよ…」  ここから彼女はなにを見て、なにを思っていたんだろう。遠くを見つめたままの瞳はガラスのようで、僕を見つめ返すことはなかった。小さく開いた唇がそれ以上動いて僕を呼ぶこともない。  抱きしめて気づいたのだが、彼女の顔は下ではなく、わずかに正面より上を向いている。穂香は空を見ていたのだ。彼女に目線を合わせて空を見る。夕陽が山に隠れる瞬間の光が一筋、目を射る。思わず目をつむると、瞼の裏に残像が焼き付いていた。暮れ行く空のオレンジが。  綺麗だと、思ったんだろうな。
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