ザンゾウカノジョ

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 病院からの連絡を受けて、僕は彼女の家にすっ飛んでいった。早退届を受け取った主任が何か言っていたけど知ったことか。きっと今、僕は人生最大の危機に面しているのだ。  三つ年下の彼女、穂香は大人しくて無口な女性だ。感情を表現するのが苦手で、声も小さく、いつも俯きがちなのが気になるところだけど、表情も仕草もすべてが優しくて可愛らしい。地味だとか暗いとか言う奴もいるけど、僕はそのほんのりと隠れて香るように控えめなところにだって惚れているのだ。  その彼女が最近体調を崩しているらしい。塞ぎこんでいるのを問い質したところ、病院に行くべきか迷っているようなことをポツリと呟いた。大したことないのよと困ったように彼女は笑っていたけど、何かあって後悔するのは嫌だった。何もなければないで安心するからと説き伏せて、渋る彼女を今朝がた病院に送り届けてから出勤したのだが、さっきその病院から連絡が入った。 『入院の準備をしに帰られたまま、まだ戻られないんです』  看護婦さんは電話口で心配そうに話した。入院と聞いて、僕の心臓が凍りつく。しかも、いなくなったって!? 「あのっ、彼女はどんな…大変な病気なんでしょうか!?」  もう訳が解らなくなって、もつれる舌で質問した。そのくせ頭の中では彼女の行きそうなところをぐるぐる検索中だから、多分聞いたところで正しく理解はできないとも思った。 『今すぐ命に危険はないのですが、大変と言えば大変な病気です』 「はああああっ!?」  僕の大声に怯みながら看護婦さんが教えてくれた病名は『超視覚創像症』。なんじゃそりゃ!? 聞いたことないよ!  それもそのはずで、まだはっきりした症状も治療法も未確認という、UMAのような超稀病にして超奇病にして超難病なのだそうだ。 『ですが、すぐ命に危険が生じる病気というのでもありません。患者さんにもそう説明して、検査のために入院していただけるようにお願いしたのですが…』  三時間以上経っても戻らないから、一応何かあったときのためにと残してきた僕の連絡先にかけてきたのだと言う。  そして今、彼女宅に合鍵で入った僕は、その『超視覚創像症』が超稀病にして超奇病にして超難病だという意味を知った。  もぬけの殻になった部屋に、彼女の“残像”だけがうっすらと残っていたからだ。
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