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3.父の嘘と娘の決意
それは上地の次期当主である蓮之丞が『尚親』と名を改め、元服したばかりの出来事であった。
「尚満様、火急の知らせにございまする」
その知らせは突如、真夜中に尚満の元へともたらされた。知らせを携えて来たのは家老の小沼盛則自身で、上地谷城で謀反が起きたと言うのだ。
「兄者と尚親は無事か!?」
「わかりませぬ。直ちに家臣を引き連れ、上地谷城へ参りましょう」
「あいわかった。しかし謀反とは……一体誰の仕業か?」
「加野……でございましょうな」
「何じゃと?」
小沼はじっとこちらを見据えている。
「尚盛様はご嫡男尚親様の元服のおり、雲珠姫様とのご婚姻をも明らかしておりまする。かねてからの加野の勧めである『今川との婚姻』を退けたことになりましょう。加野の目的が上地の乗っ取りならば、動機としては十分」
「小沼……憶測で物を申すな。とにかく、城へ参る」
「はっ」
そうは言ったものの、内心は動揺していた。もしそれが本当だとして、兄とその息子の命が奪われでもしたら――上地の加野家への、ひいては今川家への不満が上地中に蔓延し、近いうちに暴発するのは目に見えている。そうなればもう、尚満だけではその気運を止めることは出来そうにない。
加野家を滅ぼすのは簡単だ。だが、その後ろには強大な今川家が控えている。加野家という藪をつつけば、上地家が滅ぶのは自明の理なのだ。
(兄者、尚親……無事でおってくれ!!)
そう祈りながら、尚満は家臣と共に上地谷城へ馬を駆った。
* * *
上地谷城に到着した尚満一向は、城内の凄惨たる現状を目の当たりにした。大手門に転がる下男の死体に始まり、屋敷で仕えていた者達は背後から斬られているか正面から一突きにされていて、ほぼ生存者はいなかった。辛うじて息のあった者も、重傷を負っていてすぐに事切れた。
本丸に足を踏み入れると、そこには既に加野通好が家臣に指示を出しながら対処をしていた。
「尚満様!」
姿を見つけた加野が片膝を付いて礼をしようとしたので、それを掌で制す。
「よい。それよりどうなっておる? 兄者は無事か!?」
「それが……」
加野がチラリと視線で促した先には、遺体が二体横たわっていた。男女の遺体だ。尚満が近寄るとそこには、よく見知ったはずの彼の兄――上地尚盛と、その妻あさのの変わり果てた姿があった。
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