3.父の嘘と娘の決意

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(兄者……)  兄が上地当主となった時から、このような時が来るのではないかという覚悟はしていた。が、まだ早すぎると唇を噛む。兄の子である尚親が、まだ元服したばかりだ。それなのに…… 「尚親……尚親はどこにおるのだ!?」  甥の存在を思い出し慌てていると、 「行方不明にございまする」 と、落ち着き払った態度で加野は告げた。その言葉に、後ろで控えていた小沼が噛みつく。 「どういう事じゃ!?」 「遺体はまだ見つからず、生存しているかもまだわからぬ、という事ですな」  終始涼やかな顔で加野は、小沼を見据えながら言ってのけた。 「お主、上地の家老のくせによくもぬけぬけと!! これはお主の責任でもあるのだぞ!?」 「それは承知しておりまする。それ故今、責任を持って対処をしておるところ。尚親様のことは事実を申しておるまで」  またも淡々と話す態度に(はらわた)が煮えくり返りそうな小沼は、鬼の形相で振り返った。この顔が示すのは「こやつがこの件の首謀者では!?」ということに違いない。が、尚満としては安易にその手に乗るわけにもいかなかった。 「下手人はどうした? 捕らえたのか」 「殆どは取り逃がしました。捕らえた者も数人おりますが、どれも重症でいつ事切れるかわからぬような状態」 (兄者が斬った者か)  幸か不幸か、この城内で一番の手練れは当主の尚盛だった。それ故、賊に奇襲されると当主を守れる者がおらず、このような事態に陥るわけだが。かと言って下手に厳重な武装で城を守れば、今川家に『謀反の疑い有り』とあらぬ疑いをかけられてしまう。 「下手人への尋問は、この小沼にお任せ願いたい」  未だ加野をギロリと睨んだまま、小沼は進言する。恐らく加野が首謀者だと断定しているので、加野が尋問をすればまんまと証拠隠滅されてしまうとでも思っているのだろう。加野は眉をひそめながも、答えを待っている。 「好きにせい」  そう言うと、小沼は勝ち誇ったような顔で加野を見た。しかし結果的には小沼が尋問しようとしまいと、捕らえた下手人は全てすぐに口きけぬ屍と化した。残党を追った加野からも、解決の糸口になるような報告は得られず、この件の首謀者は誰だったのか真相は闇の中だ。 (せめて尚親の行方がわかれば……)  今川領内の近隣他家へも捜索の手を伸ばしてはみたが、未だ尚親の行方は知れないままだ。当主を失い、ふわりふわりとしていた上地家内も、二週間が経つ頃には段々と尚満中心にまとまりつつある。 (いずれは上地の当主として引き継ぐ為の元服であったというのに、その直後に上地からいなくなるとは……)  甥の尚親が立派に上地の当主となるところを見たかった。そして、その横で当主を支える我が娘、雲珠姫の姿も。 「雲珠に何と言えばいいのだ……」  兄が使用していた上地谷城の居室で一人、尚満は頭を抱えるのだった。
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