41人が本棚に入れています
本棚に追加
「よし、決めたぞ。上地谷に呼び戻せる機が訪れるまで、尚親には暫く奥寺で暮らしてもらう」
「はっ」
「そして表向きは、尚親を死んだ事とする」
「何と……」
「この事実を知るのは儂とお主、そして涼淵寺の北渓のみとする。良いな?」
「承知致しました。もとよりそのつもりでございます」
「よし。これより儂が上地家当主を務める。加野、宜しく頼むぞ」
「ははっ!!」と加野は平伏した。兄と甥が上地家から消えれば、弟である尚満が当主となるのは当然の流れである。という事は、これは首謀者の思惑通りの展開であるはずだ。その後の展開があるならば、そこで首謀者が明らかになるはずだと考えた。それが、我が身を滅ぼすことだとしても――
数日後、当主となる旨を上地家内にて明らかにした尚満は、支城から家族を呼び寄せ、本格的に上地谷城の城主となった。到着して早々、娘の雲珠姫を居室へ呼ぶ。
「父上、只今到着致しました」
「うむ、大儀であった。息災で何よりじゃ」
「父上様も。して、雲珠に大切なお話とは何でしょうか」
ゴクリと唾を飲み込んだ。上地家の為とは言え、これから自分のすることは、愛娘に対する裏切りである。
「雲珠よ……心して聞け。そなたの許嫁である尚親は……死んだ」
「……」
雲珠姫は、こちらを真っ直ぐ見ながら固まっていた。じわりじわりと瞳が潤み、淵に涙が溜まっていくのが見える。そんな娘を直視出来ず、視線を外して尚も続ける。
「尚親が亡くなって儂が上地を継ぐからには、雲珠が上地の後継者を産まねばならない。それはわかるな?」
「……」
雲珠姫は聡い娘だ……親馬鹿にもそう認識している。物事の道理として理解はしているだろうが、今は何も考えられない……というところだろう――そうは思うが、手は早く打たねばならない。心を鬼にして尚も続けた。
「家老の小沼盛則に、齢十三の息子がおる。儂はその者を、雲珠の新しい許嫁にと考えておるが、どうだ?」
「……亡骸は……」
(亡骸?)
「尚親様の亡骸は、どこにありましょう?」
雲珠姫は俯きながら、消え入るような声でそう言った。こちらの話などまるで聞こえていないかのようだが、それも無理はないだろう……もともと仲の良い従弟であり、死を聞かされたばかりなのだから。
「見つかってはおらぬ。が、死んだのだ」
諭すように言う。だが、
「信じませぬ。尚親様の亡骸を見るまでは」
「雲珠!!」
「亡骸を見るまで、涼淵寺にて待ちまする」
「何!?」
思わず腰を浮かせた。今、何と言った?
「雲珠は、出家致しまする」
最初のコメントを投稿しよう!