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自宅へ迎えに来た柴山さんに連れて来られたのは、柴山ビルの屋上だった。既に日は沈み、車のヘッドライトや建物の灯りが暗闇にキラキラと光り輝いている。この周辺にはここ程の高層建築が無く、眼下に夜景の大パノラマが広がっていた。
「綺麗……」
柴山さんは夜景の灯りを指差しながら、ショウさんが占いをしていた駅ビルや、初めて出会った喫茶アルカナの場所を教えてくれた。私の家も学校も、柴山ビルから見える範囲にある――と言っても、これだけの高層ビルだからかもしれないが。
「いつもこのすぐ下の階で仕事をしてるんだけど、気が滅入るとよくここからこの景色を見るんだ」
「このすぐ下の階って事は……最上階でお仕事してるんですか?」
「まぁね」
「下の階の窓からでも十分この景色見えますよね?」
「そうだね。でもここなら風を感じられるし、少し自由なんだ」
少し困ったような複雑そうな顔で、柴山さんは微笑んでいた。夜景が背景だからか、それとも見た事のない微笑みだったからか、初めて見る柴山さんの表情にドキリとする。
どう対応すればいいのかわからず俯くと、後方からビュオッと舞い上がるような風が吹きつけた。咄嗟に手摺を握って体を支え、暴れる髪を抑える。
「あぁゴメン。この屋上の風、個人的には凄く好きなんだけど、女の子にはちょっと乱暴過ぎたかな?」
そう言って柴山さんは、風から守るように私の背後へ立ち、手摺に両手を置いた。私は、柴山さんの両腕に閉じ込められる格好になる。
「あの……柴山さん?」
「ん? これなら風で暴れないでしょ?」
まるで何も大した事は起こっていないかのように、彼は平然と微笑み続けている。いつの間にかの軟禁状態に、どうする事も出来ずに私はそのままの状態で固まってしまった。背の高い柴山さんのおかげで確かに風は遮られたけれど、体には触れてはいないものの抱き締められてるような感覚に陥り、私の心臓は急速に暴れ出す。
(何故こんなことに……もしかして私、からかわれている?)
「あれから、うまくいってないの?」
「え?」
「ええと……元正室と、元側室と……それから、元側近……だったっけ?」
言われてやっと、柴山さんがここへ連れて来た意図に気づいた。妙な緊張感で硬くなっていた私の身体は、ゆっくりと雪が融けるように柔らかさを取り戻していく。
「私なりに前世と向き合ってみたんです。でも私、翻弄されるばかりで……」
私の前世である上地尚親。その正室である淡雪の記憶を持つ一年上の先輩――浅井響介には、尚親の死の真相を突き止める為、部活動を返上して図書館へと付き合わされていた。
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