5.最期の忠告

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5.最期の忠告

 尚親が上地谷から消えて、七年の月日が経った。谷を囲む山々の雪が溶け出し、もうすぐ春を迎えるという頃、部屋から一歩も動けなくなってしまった現上地当主尚満の元へ、家臣の小沼から吉報がもたらされた。 「殿、尚親様がご到着されました」 「そうか……通せ」  病の床からそれだけを言うと、廊下に控えていた小沼が後ろに控えていた尚親を居室へ通す。おもむろに下座へ座った尚親は、深々と(こうべ)を垂れた。 「尚満叔父上。上地尚親、只今上地に戻って参りました」  青年の精悍な声が聞こえ、ゆっくりと顔だけを向ける。 「大儀であった……面を上げよ」  弱々しい声で言うと、健やかに成長した甥の姿が目に入った。 (おぉ……。顔つきはあさの殿に似ておるが、瞳は兄者そっくりだな)  そう思い笑みを浮かべた直後、ゴホゴホと咳込む。小沼が見かねて駆け寄り身体を抱き起こすと、枕元に置いてある白湯(さゆ)をゆっくりと飲ませてくれた。すがるようにゴクリゴクリと飲み下す自分の姿は、恐らく実際の年齢より随分と老け込んで見えるだろう。  七年ぶりの甥との再会である。この七年の間に尚親はすくすくと育ち、自分は年々身体を悪くして、ついには足腰が立たないところまで弱ってしまった。まだ齢四十代半ばというのに髪はほぼ白く薄くなり、最近では食も細くなったせいで頬がこけ、身体全体も骨ばって見える程に痩せこけている。 「立派に育ったものだ……のぅ、盛則」 「左様でございますな」  布団から片手を上げ、「(ちこ)う」と言って尚親を間近に呼び寄せる。 「尚親、お主を呼び戻したのは他でも無い……次の上地の領主となって貰う為じゃ」 「それは先に書状にて伺っておりますが、叔父上のご息女である雲珠姫は?」 「雲珠か……」  この七年間書状でやりとりをしていたものの、雲珠姫については一切触れなかった。というのも、互いに後ろめたさがあったからだ。尚親は奥寺で淡雪と出会い、尚満は雲珠姫に「尚親は死んだ」と嘘をついた。甥から無邪気に訊かれれば、素直に近況を教えていたかもしれないが、それも無く現在に至る。 「出家したのだ」 「出家!?」 「お主が上地を追われてすぐのことだ」 「何と……」  尚親は絶句した。父尚盛と嫡男の自分がいなくなった上地家では、叔父の尚満が当主となることで、必然的にその娘である雲珠姫が後継者を産まねばならなくなることは、尚親にも容易に想像が出来た。故に自分が無事上地へ戻れたとしても、恐らく雲珠姫にはもう婿や子供がいるのだろうと。であれば、自分が後継者として呼び戻されるとは、一体どういう事態なのかと思っていたが……。  自分だけが敵地で見えない敵と戦っているのだと思い込んでいたが、意地を通すことで雲珠姫もまた、上地谷で一人戦っていたのだ。  (それなのに儂は淡雪と婚姻を結び、おめおめと上地谷へ戻って来てしまった……)
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