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「奥寺の姫を娶ったのを気にしておるのか?」
尚親の辛そうな表情を読み取り、尚満は訊ねた。奥寺から尚親を呼び戻す際、奥寺の領主――奥寺近朝から提示された条件は、奥寺と上地を流れる“天涼川の水運の権利”と、“娘の淡雪を尚親の正室として迎え入れる事”の二点だった。なので尚満は、当然尚親が淡雪を連れて帰郷したのを承知している。
「はい。謝っても済む問題とは思えませぬが……」
「謝るな。その責は儂にもあるのだ」
「責……とは?」
「家のためとは言え、雲珠姫に『尚親は死んだ』と嘘をついた。それで雲珠は『亡骸を見るまでは信じぬ』と、涼淵寺に籠ってしまったのだ……」
(雲珠姫……)
己の生存を信じて待っていたのを知り、尚親の胸はさらに軋んだ。淡雪を連れて上地谷へ戻ったことは、既に涼淵寺の北渓から聞き及んでいるだろう。それを知り雲珠姫は今どのような心境なのか……項垂れた尚親の肩を、叔父は優しく摩る。
「盛則……少し外してくれぬか?」
「ですが……」
「小沼。儂が叔父上を看る故、大事ない」
「左様ですか。では……」
小沼は支えていた尚満の身体を慎重に尚親へ預け、静かに退室した。尚満の身体は、これが成人した男の身体かと思うほど軽く、弱々しかった。
「雲珠姫だが、あやつは現在『蓮之法師』と名乗らせておる」
「蓮之法師? その名はまさか……」
「あぁ。お主の幼名『蓮之丞』と同様、上地を継ぐ者に名付ける『蓮之』を雲珠姫の戒名に入れた。この名であれば雲珠は、還俗して上地の当主を継ぐことも出来る。だがそれは建前、雲珠には還俗の道を残してやりたかっただけよ」
蓮之法師という戒名を名乗るのは、尚満が雲珠姫の出家を許す唯一の条件だった。女子の雲珠姫が上地の領主になるのは現実的では無かったが、上地家の菩提寺である涼淵寺に『蓮之法師』という名の僧が居るという事実は、上地内外にとってそれなりに意味がある。
尚満の後継者が存在すると示せたし、僧であることで縁談話をのらりくらりとかわせたので、上地家としても利はあった。しかし尚満にとってはそんなことよりも、愛娘が生涯伴侶を持たない覚悟をしてしまったことの方が、不憫でならなかったのだ。
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