5.最期の忠告

3/11

38人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
「七年前兄者を殺し、お主をも殺そうとした首謀者は……情けないことだが、未だにわかってはおらぬ。それでもお主を上地に呼び戻したのは……書状にも書いたが、儂の命が尽きようとしておるからじゃ」  それは直に体を支える尚親にも肌で感じ取れる事実だった。とは言え、まだ早すぎるのではないかとも思う。これは一体何の病なのか。 「すぐには気づかなんだが……どうやら儂は、毒を盛られていたようじゃ」 「何と!? それは真ですか?」 「あぁ。まだ儂も出歩くことが出来た半年ほど前……寄進の為に訪れたある寺に、たまたま医術の心得のある僧がおってな。儂の症状を話したところ……中毒だと言うのだ。問い質す為に主治医を城へ呼びつけたところ、主治医は姿を見せなんだ。そしてその日、この館の下男も一人姿を消しておる」 (その者ら、殺されたか……)  尚親の背筋はぞくりと泡立った。おそらく尚満はその下男の手によって長年食事に微量の毒を盛られ、主治医は口裏を合わされたと考えているのだろう。そしてそれを命じた首謀者の手によって、その下男と主治医は殺されたのだと。  まだあの事件は終わっていない。そして今もなお、上地家当主の命を奪おうとしている―― 「こんな形で呼び戻すことになってしまい、済まないと思っておる。首謀者を明らかにした(のち)、お主を上地谷へ呼び戻したかったのだが……」  尚満の目尻からは、静々と涙が零れた。 「兄者夫婦の命を奪い……幼き甥を上地から追い出した憎き仇を、この手で処罰したかった……。なのに儂自身が先にこんな姿になろうとは……あまりにも情けなく、無念じゃ」  尚親の肩を弱々しくも掴みながら、顔をくしゃくしゃにさせて尚満は嘆く。支える叔父の身体から直に悔しさが伝わると同時に、血の繋がった甥である自分への愛情もまた、感じられた。 「解毒を試みたが、蓄積した毒はすでに身体を蝕んでおった。儂はもう長くない……。お主や雲珠姫に何もしてやれなんだが、忠告だけはしてやれる。七年前の事件はまだ終わっておらぬ。心せよ、尚親。そしてどうか……上地を――」  そこまで言ったところで、尚満はまたゴホゴホと大きく咳込んだ。それを廊下で聞いていた小沼が素早く入室し、尚親から当主の身体を奪い取ると、ゆっくりと横に寝かせる。それは「主の体力の限界により面会はここまで」と言わんばかりの対応だった。  正直に言えば、奥寺にいた自分の元へ一向に(くだん)の首謀者捕縛の知らせが来ず、「もしかして尚満叔父上自身が首謀者なのでは?」と疑っていた時期もあった。だが実際に今叔父と再会し、直にこの姿と無念の涙を見た今となっては、それは違うとはっきり断言出来る。 (尚満叔父上は首謀者ではない。そして叔父上自身もまた、何者かに(たばか)られてしまった……)  叔父の居室を後にしながら尚親は、少しの安堵と新たな覚悟を胸に抱くのだった――
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

38人が本棚に入れています
本棚に追加