1.柴山と尚満

5/5
38人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
 評定の席で、加野家現当主であり家老の加野通好(かのみちよし)は、尚盛の嫡男である蓮之丞(れんのじょう)の婚姻について提案をした。『蓮之丞の正室は、今川家の血を引く者、或いは今川家重臣の血を引く者の中から選ぶのが良いのではないか』と。 (もう次期当主にまで口を出してきおった……)  尚満は縁側の景色を眺めながら、扇子を一定のリズムで掌に打ち付ける。 (早く手を打たないと、手遅れになる)  一度今川の血を入れてしまえば、もう上地は今川の支配から二度と逃れられないだろう。何か手はないものかと思案しているところへ、廊下から尚満を呼ぶ声がした。兄、尚盛からの呼び出しだった。 * * * 「兄者、お呼びですか?」 「おう尚満。まだ帰っておらなんだか」  尚満が居室に入ると、尚盛は安堵したような顔を弟に向けた。普段自分の城である上地の支城で暮らしている尚満は、評定の為にこの上地谷城へ来たので、終わればまた自分の城へ戻らねばならない。がしかし、家臣の小沼の憤りのおかげか、加野の不穏な提案のおかげか、尚満の腰は重かった。 「娘の雲珠姫(うずひめ)は息災か?」 「はぁ、変わりなく」 「では近々(きんきん)にここへ連れて参れ。顔が見たい」 「それは良いですが……何故(なにゆえ)急に?」 「それはその時に話す。とにかく連れて参れ」  兄からの話はそれだけだった。狐につままれたような気持ちで自分の城に戻った尚満はその三日後、雲珠姫を連れて再び登城することとなる。 * * * * * (その後尚盛兄者から、蓮之丞の元服と雲珠姫との婚約の事を告げられるんだったな……)  以前見た前世の(きおく)を思い出しながら、柴山は心の中で呟いた。  受付カウンターの向かい側では、担当の男がテキパキとパソコンに何かを入力している。その事務作業を待ちながら、少し離れた場所で建物内をキョロキョロと見回している直緒を、柴山はじっと見つめた。 (まさかあの蓮之丞が、来世でこんなに可愛い女子高生になってるなんてね……)  前世で尚満の娘であった雲珠姫が、現世で“ショウ”という男性占い師――河津晶(かわづあきら)として目の前に現れた時も驚いたが、その許嫁であった上地嫡流の蓮之丞(元服後は尚親)が、女子高生の井上直緒として現れたのも随分驚いた。自分の娘の性別が変わったのだから、甥の性別が変わってもおかしくないと言えばおかしくないのだが。  兄尚盛から蓮之丞と娘の婚姻を持ち掛けられた時、尚満は『渡りに船』だと思った。加野通好(みちよし)の言いなりかと思われていた兄の中にも、今川家へ抵抗する気持ちがまだ残っていたのだと、その決意も嬉しいものであったし、実際蓮之丞と雲珠姫の二人は、初対面から仲睦まじい様子だった。 (上地の為にも、尚親と雲珠姫には幸せになってもらいたい……尚満はそう願っていた、が)
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!