2.三人の微妙な関係

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「直緒ちゃんは、ビリヤードやったことある?」 (ちゃん付け!?)  さっきまでは『直緒さん』と呼んでいたような気がするけれど、柴山さんはサラッとそう呼んだ。ここで変に過剰反応するのもどうかと思うし、何より柴山さんにちゃん付けされても全然嫌ではないので、平静を装う。 「いえ……やったこと無いです」 「それじゃあ教えてあげるね。その前に食べたい物、いろいろ頼んでおこうか」  テーブルに置かれたメニュー表を手に取り、柴山さんはソファーに座りながら機嫌良さそうに食事を選び始めた。隣に座ってメニュー表を覗き込むと、高級そうな料理の名前が品よく並んでいる。  「何か欲しい物ある?」と訊かれたが、料理名を見てもよくわからないので「お任せします」と答えた。それじゃあと言って柴山さんは、おもむろにスマホを操作する。 「スマホで頼めるんですか?」 「うん。この施設のホームページで自由に注文が出来るようになってるんだ。ここにQRコードがあるだろう?」  そう言いながら、メニューに載っているQRコードを指差す。これを読み込むと、注文画面に飛んで注文ができるようだ。  「便利ですね……」と言って顔を上げた傍に柴山さんの顔があって、思わず悲鳴を上げそうになった。柴山さんが「ん?」という表情で私の顔を覗き込んだので、動揺を悟られないようゆっくりと傍を離れる。 「じゃあ、食事が来るまでビリヤード始めようか」  別段気に留める様子も無く、柴山さんはスーツの上着を脱いでソファに放ると、腕まくりをしながらビリヤード台へと向かった。少し寂しさを感じながらも安堵していると、 「おいで。まずキューの持ち方から教えてあげるね」  と、キューと呼ばれる長い棒を手に取り、私を手招きした。私の分のキューを手渡すと、口で説明しながら柴山さんがまず実演していく。 「キューはこう持って、もう片方の手はこんな感じで支えて……」  彼の傍らに立ち、見様見真似で同じようにキューを構える。 「そうそう。こっちの手は台に固定しちゃっていいよ。そうするとブレないから」  柴山さんは私の背後に回ると、キューを支えている方の手に自分の手を添え、キューを握る手を上から包むように握って、前へ押し出した。 「こんな感じで押し出して、玉に当てるんだ」  耳元で柴山さんの声がする。吐息が耳にかかるんじゃないかと思う程、至近距離に彼の顔がある。自然に顔へ熱が集中して、私は必死に「柴山さんはレクチャーしてるだけ」と心中で呪文のように唱え続けた。その間も何度か、柴山さんはキューを押したり引いたり繰り返す。 「どう? 出来そう?」 「え? あ、はい」  その時、急に着信音が鳴り響き、私の身体から離れた柴山さんは、上着の置いてあるソファへと向かった。
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