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1.柴山と尚満
湾岸沿いにそびえ立つ一際大きいビル――柴山ビル。この五十階建てのビルに本社を置く『株式会社 柴山』は、一般では知らない人がいない程の家電メーカーとしては超一流企業だ。そしてその最上階の一室のドアを今、美人秘書がそつなく開けようとしている。
「悠貴取締役、貴芳社長から内線が入っておりますが?」
「後でかけ直すと伝えてくれ」
「わかりました」と秘書が下がるのと同時に、柴山の胸ポケットが小刻みにバイブレーションした。取り出したスマホには見慣れない番号が表示されている。首を捻りつつ、柴山は通話ボタンを押した。
「はい。柴山ですが」
『柴山さん、ですか?』
「その声は……もしかして直緒さん?」
一度しか会っていないが、柴山はそのか細い声を覚えていた。友人である河津晶に「会って貰いたい人がいる」と言われて会ったのが女子高生の井上直緒、彼女だった。
「久しぶりだね。一週間ぶりかな? まさか電話して貰えるなんて思わなかったから驚いたよ」
『すみません、急に。あ……もしかしてまだお仕事中ですか?』
「いや、時間的にはもう終わってるし問題無いよ。それにこの会社で私に注意出来る人間は限られているからね」
先程自分宛に内線をかけてきた主を思い出しながら、柴山は笑う。柴山電機の現社長である柴山貴芳は、悠貴の唯一の上司であり父親でもあった。終業後にかけてくる父からの電話と言えば、最近は仲の良い取引先との会食を兼ねた夕食の誘いだと決まっている。終業後の夕飯の時間でさえも、肩の荷が下りずに息が詰まる。
「どうしたんだい? その後、元気でやってる?」
『……』
その後というのは、一週間前に喫茶店で初対面した後を指す。あの時の彼女は、蘇った前世の記憶とその記憶を共有する前世の関係者(の記憶を持つ者)達との出会いに戸惑っていた。
それには、柴山と晶の関係もまた前世で親子関係だと教えることによって、前世の関係も一概に悪い物ではないとプレゼンし、一縷の光明を見出したかのようには見えてはいたが……この様子からすると、思ったようには上手くいっていないようだ。
「直緒さん、今から少し時間あるかな?」
『え? 今からですか?』
「うん。ちょっとだけ私の息抜きに付き合ってくれると嬉しい」
そう言って通話を切ると、柴山は車で直緒を迎えに行くのだった。
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