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拘束されたままのゼロは、まだぐったりと項垂れていた。
「……ゼロ」
女がおずおずと呼びかけると、「俺の記憶を見たのか」と存外はっきりした声が返ってきた。どうやら意識は戻っているらしい。
女が答えずに無言を貫いていると、ゼロは地獄の底から這い登るような絶望と静寂と激情の声で「……見たんだな?」と尋ねてきた。
「……ええ」
「どこまで見た? 俺がさっき捕まるところまでか?」
「……ええ、そうです」
「じゃあもう、アンタ、知っているんだな? 俺が、何で捕まったのか……」
「ええ……」
女がこくりと頷くと、ゼロは緩慢な動きでノロノロと顔を上げた。その表情には、抑えきれない羞恥の紅が滲んでいた。
しばらく、二人とも黙ったままあさっての方向に目を向けていたが、やがてゼロが観念したように呟いた。
「……なあ、ちょっと、こっちを向いてくれないか」
女はゆっくりと首を巡らせて、ゼロのほうにそっと目を向けた。
ゼロはぐっと唇を噛み締めたあと、大きくひとつ息をついて、言った。
「アンタに、一目惚れをしてしまった……どうか、名前を教えてくれないか、可憐なお嬢さん」
ミスター・ゼロの告白に、耳まで真っ赤になった彼女が何と答えたのかは───二人の記憶の中だけに残っている。
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