朝日が最期を告げる日

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「ねぇ」 いつの間にか続いていた沈黙を、不意に彼女が破った。 「ここで初めて日の出を見た時のこと、覚えてる?」 僕は頷く。 忘れるはずがない。 彼女が、初めて僕を誘ってくれた日なのだから。 示し合わせて会っていることに照れくさそうにする笑顔も。 朝日が照らして、いっそう綺麗に見えた横顔も。 今日と同じような、青と白のストライプのワンピースを着ていたことも。 全部、全部覚えている。 そして… 「あの時は貴方が言ってくれたから、」 僕があの時、 「今度は私に言わせて。」 彼女になんて言ったかも。 「貴方が好きです。」 あの時、僕が言ったのと、全く同じ言葉。 柔らかに微笑みながらそっと、彼女が僕を見つめた。 「ありがとう。」 その言葉に返事をした、あの時の彼女の姿が重なった。 あの時と全く同じ姿で、ただいつにも増して優しく儚く、彼女は笑っている。 ああ、だから君は。 ここを最後の場所に選んでくれたのか。 「一緒に生きてくれて、ありがとう。」 その言葉でもう、僕は限界だった。 彼女の腕を引いて必死に抱きしめた。 もうすぐ消える彼女の心を捕まえるように。 哀しみをぶつけてはいけないと、ずっと堪えていた涙が一気に溢れた。 一緒に生きてくれてありがとう、なんて。 そんなの、僕の方がいくら言っても足りないくらいなのに。 ほんの少しでもいいから、僕が先に生まれていれば良かったのに。 そうしたら、こんな痛みを味わわなくてよかったのに。 愛する貴女の笑顔に見送られて、僕が先に最期を迎えられたのに。 僕の嗚咽が、どうしようもない悔しさとも憎しみとも言えない想いと、彼女を失うこれ以上ないほどの痛みをともなって響いた。 そんな僕の慟哭を、彼女はただ黙って、そっと背中を叩きながら受け止めてくれた。 本来最も泣くであろうはずの立場の彼女は、死の恐怖と哀しみなんて微塵も見せなかった。 こんな時まで、彼女はあたたかくて、しっかりしていて、甘かった。 僕が愛した彼女、そのままだった。 朝日がすっかり山際から顔を出して、空は鮮やかな青色になった。 雲のグラデーションはすっかり消えて、真っ白のまま漂っていた。 車通りのなかった橋の上に、ひとつ、またひとつと車が増えはじめた。 世界は、いつもどおりの朝を迎えた。 僕はずっと彼女を抱きしめていた。 いつ僕の涙が枯れたのか。 背を叩く彼女の手が止まったのか。 僕は知らない。
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