ひとつの孤独

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 眞一はたん、と地面を蹴った。ふわりとからだが上昇する。こちらを真っ直ぐに見上げる聰の姿が、小さくなっていく。  眞一は上昇する速度をあげた。  強い風を受けて閉じそうになる瞼を無理矢理にこじ開けて、目に見えるだけのありったけの景色を脳に焼き付けていく。  高く青い空。太陽に透ける薄い雲。遠くの山。遠くの街並み。地平線の先に霞んで見える海。  ゴオゴオと耳をすり抜ける風の音も、容赦無く肌を刺す空気も、不思議と全てが心地よかった。  瞳からこぼれ出る涙は、強風を浴び続ける目の悲鳴か、感情の高まりか、もはや分からなかった。  僕以外には見えない景色。僕の孤独の景色。  目を閉じて、眞一は降下をはじめた。からだは疲弊して、無事に着地できるかどうかも分からなかった。  このまま目を開けないで、空の向こうの遠い世界に行くのも悪くはないと、眞一はたしかに考えた。  同時に、トラックの上で、誰よりも速く走る聰の姿が脳裏に浮かんだ。  ——眞一は、自分と同じ孤独を持った人間を、確かに見つけた。  聰が、自分の翼の代わりに走っている。そう信じていれば、たとえ何処にいても、自分を見失わずに生きてゆける、そう思った。  眞一は目を開けた。林の向こうに、聰の姿があった。その場所めがけて、眞一は一気に空を駆け下りる。  視線がはっきりと交差した瞬間、聰は腕を広げた。眞一は力を振り絞ってからだの向きを変え、速度を落とす。そして迷いなく、聰の腕の中に飛び込んだ。  二人は抱き合ったまま、林の中に転がった。 「っ聰さん、走り続けてくださいね。僕の分まで、どこまでも、遠くまで、走ってくださいね」  止めどなくこぼれ落ちる涙は、高ぶる感情のせいだと、今度ははっきりわかった。 「走る、走るよ。俺は、きみの翼で、誰よりも速く走る。眞一の孤独は、俺の孤独だ」  聰が走るたびに、眞一はそこに居る。  もう会うことはないという事実が、二人の孤独を、より強く結びつけた。  聰と眞一は静かに空を見上げた。空は一番遠い場所から、ゆっくりと茜色に染まりはじめていた。
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