ひとつの孤独

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 どこか遠くへ行きたい。この屋敷を出て、なんのしがらみもない、空のような場所に、行きたい。  眞一は玄関を飛び出て、屋敷を囲む林から、力一杯空へと舞い上がった。  一番高い木を超え、ビルを超えて、眞一は雲の側まで登った。  空気は薄く、吐く息は白い。猛烈な寒さに襲われながら、眞一はぼうっと辺りを見回した。  夜の闇は濃く、月の明かりもない。上下や左右の感覚も失われそうな漆黒に全身が包まれた。眼下でちらつく街灯だけが、帰る道を示している。  ここには自分以外、本当に誰もいないのだ。  眞一は全身の力を抜いた。  からだが地面に向かってすうっと急降下していく。  僕はなぜ、空を飛べるのか。  からだで空を切り裂きながら、眞一は瞼を閉じた。  ——空を飛ぶのは、孤独になるためだ。  誰もが他人と身を寄せあわないと生きてゆけないから、孤独は貴重で、大切な時間なのだ。  紘はもう飛べない。孤独を怖れるようになって、その埋め合わせを眞一にさせていた。でも、誰よりも、孤独を知る必要があるのは、紘だ。  孤独は確かに恐ろしい。でも、人は自分と向き合うために、孤独になる必要があるんだ——。  眞一が目を開けると、屋敷の林にからだがぶつかる寸前だった。最後の力を振り絞ってからだを立て直し、ゆっくりと降下して、眞一は地面に倒れこんだ。  見上げると、さっきまであんなに近かった空は、木々の遠く向こう側にあった。  あそこに、僕だけの孤独がある。  あの空がある限り、僕は自分と向き合える。  しかしもうすぐ飛べなくなってしまうことも分かっている。  あの空を失った時、僕は自分をも見失って、紘のように壊れてしまうのだろうか。
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