ひとつの孤独

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◯  パン、とピストルの音が鳴り響いた。  瞬間、風のように軽やかに、(そう)はスタートを切った。  眞一は競技場の隅で、その姿を食い入るように見つめていた。  聰の長い手足は勢いよく周りの空気を掻いて、ぐんぐんと前に進んでいく。それでもまだトラックの半分も終わっていない。  400m競走は、ゴールまでの時間が、まるで無限にあるかのように感じられた。  それでも聰は辛そうな表情は一切見せず、遠くにあるゴールだけを見据えて、進んでいる。  やっとトラックの半分を越して、聰はレースの先頭に出た。  その表情が微かに変わったのを、眞一は見逃さなかった。  緊張した眼差しが消えて、風を切って進むことをひたすらに楽しんでいるような表情。  ——自分に翼が生えたような気持ちになる——聰の言葉が、鮮明に思い出された。  今、聰はどこまでも遠いところに、一人でいるのだ。  聰の孤独は、走り続けることにある。  眞一の孤独が空にあるのと同じように。  聰になら、自分の翼を、孤独を、託せる。  大きな声援と共に、聰は一着でゴールした。
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