ひとつの孤独

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「眞一、探したぞ」  少し息を切らして、聰は競技場の裏口に現れた。眞一は振り返り、汗の滲む聰の顔を見上げる。 「聰さん。優勝、おめでとうございます」 「ありがとう」  聰が優しく微笑む。眞一は一呼吸置いてから、空を指差した。 「林の方に行きませんか」  眞一の真っ直ぐな眼差しに、聰はすぐに頷いた。  競技場の裏口から獣道を進む。鬱蒼とした林の中まで来ると、眞一は立ち止まって聰を振り返った。 「——聰さんに会えるのは、これが最後です。学校も辞めることになりました」  眞一は震える声でそう告げた。  眞一は、紘を本気で怒らせてしまった。この大会を見に行くことと引き換えに、眞一は二度と屋敷から出ることは許されない。  紘は最後まで、孤独と向き合おうとはしなかった。そして眞一の孤独さえも、奪うことを決めたのだ。 「そ、んな——もう、どうすることもできないのか」  聰の顔が切なく歪む。眞一は聰の腕にそっと触れて、訴えた。 「聰さん、お願いがあるんです。僕が飛んでいるところを、最後に、見て欲しいんです」  ——俺がその姿をいつまでも覚えておく。きみが飛べなくなっても、俺がきみの翼の代わりになって、走る——。  出会った時に言われた言葉を、眞一は現実にしたかった。  飛べなくなる前に、自分の姿をどうしても聰に託したかった。そうでなければ、紘のように、壊れてしまう気がした。 「……わかった」  眞一の迫真の表情に、聰は掠れた声で応えた。  眞一は聰に触れていた手を離す。  ——きっと、これが最後だ。屋敷に閉じ込められたら、もう自分は、飛べなくなるだろう。
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