【六段目】誘発。─Trigger─

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(あた)らずと(いえど)も遠からず…ってとこか。恐ろしいねぇ、ネット社会ってのは。機密も秘密もあったもんじゃねぇ。」  怠惰な或る晩夏の日の午後。 後村貴志は、事務机の前でボヤキながら、大きな欠伸をする。その隣では、藤倉健介がタイピングの手を(せわ)しく動かして、報告書を作成していた。 それを横目に、貴志は嘆息して言う。 「報告書なんざ適当で良いぞ、健介。」 「そうも言っていられないでしょう? うちは特に、上からの風当たりが強い部署なんですから。報告義務をおざなりには出来ませんよ。」 「こんな不可解な事件(やま)、どう説明しろってんだよ? 言語化したところで、与太話にしか聞こえねぇ。」 「それはそうですが…」 「蛇鬼という少年の真相を語れば語るほど、信憑性が失われる。あまりにも現実離れした事件だ。当の本人は死亡。生き残ったのは河上だけ。奴に罪を(なす)り付けようとした神城悠真の思惑は、ほぼほぼ達成したって訳だ。スッキリしねぇ。」 「それでも、事件の経緯は文書化しないと。上が納得しませんよ?」 「知るかよ。納得出来ねぇなら、自分が現場に出てみろってんだ。」 「はいはい。お気持ちは良く解りましたから。そろそろ仕事してくださいよ、後村さん。やる事は山程あるんです。現実逃避したところで、仕事が減るわけじゃないんです!」 「書き物は苦手なんだよ。お前に任せる。」 「ダメです! いつもそうやって逃げるじゃないですか!! 」 5係では相も変わらず、そんな日常の遣り取りが交わされていた。
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