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わたしは変態かもしれない。
毎週金曜日の6時を少しすぎたころ、わたしは近所の銭湯に行く。目的はただひとつ。きれいなお姉さんの裸を見るためだ。
わたしには、お姉さんの裸を見たいという、抑えがたい欲望がある。
言っておくけれどわたしは女だ(ついでに言うと女子高生だ)。なのに女の人の裸を見るのが小さいころから好きだった。女の人、特にきれいなお姉さんの裸を見るとうっとりしてしまう。興奮してとろけそうになって顔がにやけてしまう。なぜそんな性癖を持っているのかは、自分でもわからない。ちなみに性的な興奮とは違うと思う。そういう感じじゃない。なんて言うのかなあ、猫の動画を見て癒されるって感じ? いや、それもちょっと違うけど。性的じゃないという意味ではたぶん似ている。
自分でもよくわからない欲望。
言語化できない興奮。
女のわたしは合法的に女湯に入れる。だからわたしは、女の人の裸が見たくなると近所の銭湯に行く。そうやって欲望を満たしてきた。ただひとつ問題があるとすれば、その銭湯に来る女性のほとんどが高齢者だと言うことだ。若くても40歳とかそれくらい。もちろん年齢に関わらずきれいな人はいるけれど、わたしが最高に興奮するストライクな裸はなかなかいなかった。それでも女の人の裸が見られるのはたしかだから、わたしはその銭湯に通い詰めた。
そんなある日のこと、わたしはあのお姉さんに出会ったのだった。
そのお姉さん(推定年齢24歳)は、わたしが湯船に浸かっているときに浴場に入ってきた。その裸を見た瞬間、わたしの体に電流が走った。本当に一瞬だったし、距離だってけっこうあったのに、わたしの目はズーム機能がついたみたいにお姉さんの裸を捉えた。
お姉さんの裸は完璧だった。胸はお椀みたいに美しく、腰のラインはしなやかな曲線美を描き、ふっくらとしたお尻はかわいらしく、肌はなで回したくなるほどすべすべだった。おまけに顔まで美人なのだ。完璧過ぎて、わたしには直視できないほどだった。
「ほわああああ!?」
お姉さんを見た瞬間、わたしは叫びながらお湯に顔を突っ込んだ。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん!?」
隣にいたおばあちゃんが心配そうに声をかけてきたので、わたしはゆっくりと水面に浮上した。その頃にはもうお姉さんの姿は見えなかった。たぶん体を洗いにどこかに座ったのだろう。
「いえ、大丈夫です」とわたしはおばあちゃんに言った。
「そうかい? なんだか顔が赤いけど、のぼせちゃったんじゃないかい?」
「そうかもしれません。今日はもう上がります」
あまりの衝撃に耐えきれず、わたしはそそくさと退散した。本当にのぼせてしまったみたいだった。
それからのわたしはお姉さんに夢中だった。正確に言えばお姉さんの裸に。
毎週金曜日の6時すぎにお姉さんは銭湯を利用する。それを突き止めたわたしは、その時間に合わせて銭湯に行くようになった。そのたびにお姉さんの裸にはちゃんと会えた。だけどあまりに美しいせいで、わたしはチラチラとしか見られなかった。まるで恋をしているみたいだ。好きな気持ちが強過ぎてうまく話すことができない、みたいな。近づくことすらできない、みたいな。実際、お姉さんの裸のことを思うと食事も喉を通らなくなった。これじゃあほんとに恋煩いじゃん、って感じだった。
はああああ、お姉さんの裸を正面から見たら、わたしはどうなってしまうのだろう。でも見たい。とっても見たい。
そうして何ヶ月か経ってからの金曜日。
いつもの時間にわたしが銭湯に行くと、お姉さんは先に来ていて、浴場の洗い場に座っていた。そのころには、わたしはお姉さんの裸を見られるようになっていた。正面からの直視はまだできないけれど、背中くらいなら平気でじろじろ見られる。だからそのときのわたしも、お姉さんの背中をうっとりと眺めながら後ろを通り過ぎようとした。
落ちていた石けんを踏んだのは、そのときだった。
石けんですべったわたしは、思いっきりひっくり返って後頭部を強打した。それでたぶん気絶したんだと思う。次に目を覚まして視界に入ったのは、わたしを膝枕しているお姉さんの姿だった。
「大丈夫?」とお姉さんが心配そうに言った。
気絶と言ってもほんの一瞬だったらしい。わたしは浴場に横たわっていた。だからわたしの視界に入っているお姉さんは、裸だった。
「はうわ!」
わたしはガバッと起き上がった。ああ、なんということでしょう。お姉さんの裸が目の前に、お姉さんの裸が目の前に! だけど何かがおかしかった。
「そんな急に起き上がっちゃだめよ」
お姉さんがわたしを支えた。裸のお姉さんと触れ合ってしまった。これには後頭部の痛みもふっ飛ぶというもの! だけど何かがおかしかった。
視界が霞んでいる? 頭を打っておかしくなってしまった? わたしは目を擦った。でもそれは消えなかった。
わたしの目に映るお姉さんの裸は、謎の光に覆われて見えなくなっていた。
わたしは本当におかしくなってしまったのかもしれない。
謎の光は、お姉さんだけにかかっているものじゃなかった。すべての女の人の体が光に覆われて見えた。なんとわたし自身の体すら光で見えないのだ。その光は、頭や手足、お腹や背中には発生しない。それに服を着ている人の体も光には覆われない。光は裸の、それも「見えちゃいけない部分」に発生するらしかった。つまりぶっちゃけると、胸や股間が光に覆われて見えた。謎の光は白くて不透明で、覆われた部分は完全に見えなくなる。それはまるでテレビのモザイクだった。頭を打ってからというものわたしの目は、自動的にモザイク処理がかかるようになってしまったのだった。
あの事件をきっかけにわたしとお姉さんは顔見知りになり、毎週金曜日に一緒に湯船に浸かりながら会話をする仲になった。
「いつも同じ時間にいるよね」
「気づいていたんですか」
「そりゃあそうよ、あなたみたいな若い人って少ないもん。銭湯が好きなの?」
「ええ、まあ」わたしは曖昧に答えた。お姉さんの裸が目当てだとはさすがに言えない。「お姉さんは、好きなんですか?」
「うん。金曜日は仕事をさっさと切り上げて銭湯に寄って帰るって決めているの。一週間の疲れをここで流すのね。そしたら土日も元気いっぱいに遊べるのよ」
お姉さんはキラキラと輝いて見えた。仕事も遊びも充実した毎日を送っているって感じがその表情から伺えた。でもやっぱり最高なのはお姉さんの裸だ。お姉さんは自分の裸を見られることに抵抗がないらしく、わたしの視線も気にしていないみたいだった。つまりわたしは、お姉さんの裸を自由に見る権利を得たようなものだった。
それなのに、だ。
謎の光が邪魔をする!
せっかくお姉さんとお近づきになれたのに、お姉さんの裸はずっと謎の光に覆われたままだった。
わたしは悶々とした。満たされない欲望に押しつぶされそうだった。だけどこんなこと誰に相談すればいい? 医者にでも診てもらう? そんなことできるわけがない。頭のおかしい人だと思われて終わりだ。だいたいなんなの、光って。
ああ、お姉さん。お姉さんの裸。
お姉さんの裸が見たい……。
こうなったら神頼みだった。わたしは近所の神社に駆け込み、お賽銭(奮発して500円)を入れて神に祈った。
どうか謎の光を取ってください。あの美しい裸が見られるようにわたしの目をもとに戻してください。お願いします!
そのときだった。
祈り終えて目を開けると、おじいちゃんがわたしの目の前にいた。おじいちゃんは空中に浮いていた。その姿はどう見ても神様という感じだった。
おじいちゃんはいきなり言った。
「金が足りんぞ」
「えっ?」
「500円しか入れておらぬではないか。それじゃあ全然足りんわ。規制を解除して欲しいのなら、それ相応のお布施をしなくてはな」
「あの、ここは神社ですよね」
「そうじゃが?」
「お布施って仏教なんじゃ……?」
「おまえは知らぬのか! 最近じゃすばらしいコンテンツを提供する人や集団などを神と呼び、その神を応援するような消費行動をお布施と言うのじゃ! つまり神仏習合。信仰は時代とともに移りゆく。まあ要は、細かいことは気にするな!」
「はあ……」
わたしは空中浮遊しているおじいちゃんとふつうに会話をしていた。目がおかしくなったと思ったが、頭がおかしいのかもしれない。
「それでどうなんじゃ。おぬしはお姉さんの裸が見たくはないのか?」
「見たいです!」わたしは即答した。
「素直でよろしい。よいか、おぬしはいま地上波でものを見ている状態じゃ。じゃから大事な部分が謎の光で覆われてしまう。地上波は規制が厳しいからのう。で、この規制を解除するには円盤を起動しなくてはならぬ。そのために必要なのがお布施というわけじゃよ。わかったか? わかったらさっさとお布施をせんか」
「よくわからないけれど、お金を出せばいいんですね。それって、いくらくらい?」
「通常版は5千円、限定版は8千円じゃ」
「えっと、何が違うんですか?」
「限定版にはいろんな特典が付いておるぞ。お姉さんの設定資料、写真集、映像特典、お姉さんとの各種イベント券、などなど」
「なんか怖いので通常版でいいです」
「なんじゃ、お姉さんとイチャイチャできるかもしれんのに、通常版でええのか?」
財布の中から5千円札を取り出して、わたしは言った。
「お姉さんの裸を見ること。わたしがしたいのはそれだけです」
そしてわたしは、5千円札をお賽銭箱に入れた。
「願いは聞き届けられた」とおじいちゃんが言った。
毎週金曜日の6時を少しすぎたころ、わたしは近所の銭湯に行く。目的はただひとつ。きれいなお姉さんの裸を見るためだ。
「あら、こんにちは」
「こんにちは、お姉さん」
今日はたまたま銭湯の外でお姉さんに会い、ふたり揃って脱衣所に行った。
お姉さんが優雅な動作で服を脱いでいく。シャツのボタンをひとつずつ外して、スカートをゆっくりと下ろして、お姉さんは下着だけになる。そしてお姉さんは、その下着にも手をかけた。
もう謎の光はなかった。
わたしの中で円盤がぐるぐると回り、お姉さんの完璧な裸がわたしの目の前に現れた。
わたしはその瞬間、神様に感謝した。
ありがとう! 生きててよかった! お姉さんの裸がまた見られる!
欲望が爆発し、気がつくとわたしはお姉さんをガン見していた。
するとお姉さんはニコッと笑い、服を脱ぎかけていたわたしの体に手を伸ばした。
お姉さんが、わたしの鎖骨をなでた。
「きれいな鎖骨。わたしずっと、触ってみたかったの」とお姉さんが言った。
とつぜんのことに驚いたわたしは、お姉さんの手を逃れようとした。だけどお姉さんは脱衣所のロッカーにわたしを押さえつけて、離さなかった。
「わたしの裸、きれい?」とお姉さんが言った。お姉さんはこれまでに見せたことのない表情をしていた。
「どうしたんですか、急に」
「あのね、わたしは、限定版にしたんだ」
「えっ?」
困惑するわたしの耳もとに口を近づけて、お姉さんが吐息まじりに言った。
「もっとすごいところを見せてあげる。だからあなたのも、もっと見せて」
円盤のぐるぐる回る音が、お姉さんの中から聞こえた気がした。
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