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2の章
その日もそうやって父と娘で話し合っていると、そこへ用を取り次ぎに、下働きの女がやって来ました。
「旦那様、お嬢様、お隣のご領主様のご子息様がお見えですよ」
「まぁ、また来たの? あんなぼんやりの、カエルそっくりの男の人の顔なんて、見たくもないわ」
そう言うと、引き留めようとする父親を無視して、表の庭へと出て行ってしまいました。
ぶつぶつと文句を言いながら庭を歩いていると、突然一匹の大きなネズミが娘の目の前に現れました。娘は悲鳴を上げて、思わず逃げ出そうとしましたが、ネズミに呼び止められました。
「お姫様、ぼくですよ」
それは以前、館に顔を出したところを下働きの者が殺そうとしたのを、娘が気まぐれに助けてやったネズミでした。
「お姫様、いつぞやは命を助けてくだってありがとうございます。ぼくはあの日から、あなたをずっとお慕いして、陰からいつもあなたのことを見ていました」
それを聞いて、娘はあからさまに顔をしかめました。
「なんですって? いやらしいネズミね」
「まぁまぁ、お姫様。誰だって愛する人のことは、いつでもそば近く見ていたいものでしょう? ところで、あなたは王妃になりたくはありませんか?」
領主の娘はネズミの言葉を聞き、ネズミが自分と父親の会話を物陰からこっそり盗み聞いて、娘の野心を見抜いたのだと悟りましたが、相手は所詮ネズミのことで、野心を見抜かれたとしても恥じることはないと思いました。それに、これは助けられたお礼にネズミが恩返しに来たのだと考え、内心小躍りしながら頷きました。
「えぇ、それはもちろんよ。当然でしょう」
「なら、ぼくと結婚してください」
「なんですって?」
「だってねぇ、お姫様。ぼくはネズミの国の王子なんですよ。ぼくはゆくゆくは王様になるんだから、ぼくと結婚すれば、あなたは自動的に王妃になれるってわけなんですよ」
娘は思わず吹き出しました。
「馬鹿なこと言わないでちょうだい。誰があんたみたいなネズミと」
そう言った途端、娘は絢爛豪華なお城の広間に立っていました。それ自体がまるで宝飾品のように美しい金銀銅の燭台にはたくさんの蝋燭が揺れ、その炎の影が映る床と、高い天井を支える太い柱は、それぞれアメジストとアベンチュリンで出来ていました。
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