4の章

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4の章

 その途端、ハッと気がついてみると、娘は自分の寝室のドレッサーの前に突っ伏していました。顔を上げると、鏡には青白く血の気が引き、額にうっすらと汗の(にじ)んだ娘の顔が映っていました。おののいた表情を浮かべながらも、やはり匂い立つ大輪の花のように美しい顔にホッと見入りながら、娘は小さな声で呟きました。 「よかった、夢だったのね。それにしても、なんておぞましい……」  そこへバタバタと慌ただしい足音を立てながら、父親の領主が飛び込んで来ました。 「まぁ、お父様。そんなに慌ててどうなさったの?」 「大変だよ、おまえ。たった今、お使者の方が見えて、その方が言うには、この近くで王子さまが鷹狩りをなさっていたらしいんだが、お疲れになって休憩なさりたい故、この館にお立ち寄りになると言うじゃないか」 「まぁ!」  娘は瞳を輝かせて立ち上がりました。ついにチャンスがやって来たのです。娘は慌てるばかりで役に立たない父親に代わって、きびきびと使用人たちに指示を出し、王子の一行を迎える準備を整えました。もちろん、その合間に自分の身支度を整えることも忘れませんでした。  やがて王子の一行がやって来ました。歓待を受けた一行は、田舎の貴族ならざる趣味の良さや、使用人たちの行き届いたマナーに喜ぶと共に感心しました。  何より彼らが驚いたのは、娘の美しく才気煥発な立ち居振る舞いでした。人が良いのはわかるがどこか凡庸とした父親に代わって、まるで館の女主人のように堂々と、しかし決してでしゃばらずに王子たちをもてなす娘に、一行はいたく感動した様子で、和やかに時間は過ぎて行きました。  やがてそろそろお暇を、とお付きの家来に促された王子は、立ち上がって娘を振り返ると、素晴らしいもてなしの礼がしたいと言って、娘の手を取って庭に誘いました。娘は内心ドキドキしながら、しずしずと王子のスマートなエスコートに身を任せて歩きました。  美しく薔薇の咲き誇る辺りまで差し掛かると、王子は足を止めました。 「あなたは美しいだけでなく、素晴らしい才覚で家を切り盛りしているんだね」 「まぁ、王子さま。わたくしなんて、単なる田舎領主の娘に過ぎませんわ」 「ご謙遜を。だが、失礼を承知で言うが、決して裕福という訳ではないようだね。それに、あなたはこんな田舎にいるよりは、都に出られた方が輝くでしょう。人でも物でも、適した場所にいなくては、真価を発揮することはできません。どうだろう、わたしはあなたよりいくらか年若だが、王子であることには違いない。もしかして、あなたの輝きを一層強めるために、お役に立てることがあるかもしれないと思うのだが」  王子は娘の手を握って、熱い眼差しを向けました。それは娘が夢にまで見た瞬間でした。  
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