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「そ、そんな。お名前くらい聞かせてください。私、助けてくれたのが本当に嬉しくて、今からお礼もしたいくらいで……」
「いや、それは……」
それは遠慮したいと申し出るつもりのクシビだったが、勢いよくユヒカに詰め寄られる。
まずい。このまま引き下がってくれるような雰囲気ではない……。
「あの私……」
思わせぶりな表情でユヒカが何かを言おうとした途端、今度は別の気配が現れる。
「なんだ?」
『魔力反応を探知。』
すぐに銃を取り出すクシビ。何か嫌な気配がした。
「あ、あれ……!」
ユヒカの表情が恐怖に変わった。指を向けた先には、その原因がいた。
案の定――クシビの後方に、不穏な一つの黒い影が操られるようにして飛び出してきた。
影だけが動き、生き物のように猛スピードで接近してくる。
「俺から離れろ!」
「ひあっ……!」
ユヒカを突き飛ばすクシビ。扱いは悪いが、そんな事を気にしている暇はなかった。
動く黒い影の攻撃を剣で受け止めるクシビ。その鋭く尖った爪は、まるで猛獣を思わせる。おそらく、生身の人間に切り付ければ、命を奪うことも容易に出来るはずだ。
影の狙いは――ユヒカだろう。
「見ないタイプの魔術だな……」
『そうですね。何者かによる操術系統の魔法かと思われます』
特に、この辺りでは見ないタイプの魔術だ。もっと別の……独自の概念による魔術の可能性が高い。
素早く動く影に、クシビも速度を上げて応戦する。人の形をした影だが、速さは獣そのものだ。
――この影……。
地面から伝う影の動きを目に留めるクシビ。操術系統の魔法となれば、必ずどこかに術者がいるはずだ。どこからこちらを見ている……。
「解析だ。魔力供給を逆探知して、術者の位置を特定」OSに素早く指示するクシビ。
『解析不能。魔力が地中で何かしらの影響で紛れています。おそらく術者による妨害魔術と推測』
その返答に、クシビが表情を変える。
「そうか……」
少し考えるクシビ。懐から一枚の札を取り出す。今は試してみるしかない。
「なら、こちらから仕掛ける」
クシビは襲ってくる影を足止めする為、札の魔術式を展開する。自分の姿を眩ませて魔力位置を錯綜させ、さらに結界を重ねた防護魔術が辺りを覆った。
実体や目を持たない影には、こちらの姿の識別が困難になるだろう。遠方から操る術士には尚更だ。
どうやってこちらを覗いているのはわからないが、効果的な目晦ましだといいが……。
これで、どの程度の時間が稼げるか――。
クシビは、すぐに魔力を地面に行き渡らせ、地脈に流れている様々な魔力を探った。
「地脈エネルギーをモニター」
『了解』
OSの意識を通じて、地脈エネルギーが正確にモニターされる。
暗躍行為なら、こちらにも分がある。あちらも相当に暗躍行為が得意なようだが、こちらにも専門のエキスパートが付いている。
「魔力の識別ができない……。隠れるのがうまいな」
「そのようですね……」
元の魔力を辿らせないことで、存在を一切感付かせないつもりなのだろう。かなり魔力が巧妙に隠されているように思えた。
だが、これはまるで隠れて相手の隙を伺う、違法術士のような卑劣なやり方だ。
自分も同類だから、皮肉にもよくわかる……。
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