第一章

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「そ、そんな。お名前くらい聞かせてください。私、助けてくれたのが本当に嬉しくて、今からお礼もしたいくらいで……」 「いや、それは……」  それは遠慮したいと申し出るつもりのクシビだったが、勢いよくユヒカに詰め寄られる。  まずい。このまま引き下がってくれるような雰囲気ではない……。 「あの私……」  思わせぶりな表情でユヒカが何かを言おうとした途端、今度は別の気配が現れる。 「なんだ?」 『魔力反応を探知。』  すぐに銃を取り出すクシビ。何か嫌な気配がした。 「あ、あれ……!」  ユヒカの表情が恐怖に変わった。指を向けた先には、その原因がいた。  案の定――クシビの後方に、不穏な一つの黒い影が操られるようにして飛び出してきた。  影だけが動き、生き物のように猛スピードで接近してくる。 「俺から離れろ!」 「ひあっ……!」  ユヒカを突き飛ばすクシビ。扱いは悪いが、そんな事を気にしている暇はなかった。  動く黒い影の攻撃を剣で受け止めるクシビ。その鋭く尖った爪は、まるで猛獣を思わせる。おそらく、生身の人間に切り付ければ、命を奪うことも容易に出来るはずだ。  影の狙いは――ユヒカだろう。 「見ないタイプの魔術だな……」 『そうですね。何者かによる操術系統の魔法かと思われます』  特に、この辺りでは見ないタイプの魔術だ。もっと別の……独自の概念による魔術の可能性が高い。  素早く動く影に、クシビも速度を上げて応戦する。人の形をした影だが、速さは獣そのものだ。  ――この影……。  地面から伝う影の動きを目に留めるクシビ。操術系統の魔法となれば、必ずどこかに術者がいるはずだ。どこからこちらを見ている……。 「解析だ。魔力供給を逆探知して、術者の位置を特定」OSに素早く指示するクシビ。 『解析不能。魔力が地中で何かしらの影響で紛れています。おそらく術者による妨害魔術と推測』  その返答に、クシビが表情を変える。 「そうか……」  少し考えるクシビ。懐から一枚の札を取り出す。今は試してみるしかない。 「なら、こちらから仕掛ける」  クシビは襲ってくる影を足止めする為、札の魔術式を展開する。自分の姿を眩ませて魔力位置を錯綜させ、さらに結界を重ねた防護魔術が辺りを覆った。  実体や目を持たない影には、こちらの姿の識別が困難になるだろう。遠方から操る術士には尚更だ。  どうやってこちらを覗いているのはわからないが、効果的な目晦ましだといいが……。  これで、どの程度の時間が稼げるか――。  クシビは、すぐに魔力を地面に行き渡らせ、地脈に流れている様々な魔力を探った。 「地脈エネルギーをモニター」 『了解』  OSの意識を通じて、地脈エネルギーが正確にモニターされる。  暗躍行為なら、こちらにも分がある。あちらも相当に暗躍行為が得意なようだが、こちらにも専門のエキスパートが付いている。 「魔力の識別ができない……。隠れるのがうまいな」 「そのようですね……」  元の魔力を辿らせないことで、存在を一切感付かせないつもりなのだろう。かなり魔力が巧妙に隠されているように思えた。  だが、これはまるで隠れて相手の隙を伺う、違法術士のような卑劣なやり方だ。  自分も同類だから、皮肉にもよくわかる……。
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