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「――。」
思わず苦笑を浮かべたくなるクシビ。相手の立場になって考えれば、おのずと狙いが見える。
クシビは一筋の魔力線を見つけると、そこへ逆流をさせるように魔力を流し込んだ。
バチリ、と地面から魔力が弾ける。側で見ていたユヒカが「きゃっ」と声を上げた。
おそらく、これで影を操っていた術士にもダメージがいったはずだ。
「影の供給魔力は絶てたか?」
「そのようですね」
予想が的中し、影の動きが止まった。逆探知とまではいかなかったが、おそらく相手は尻尾を巻いて逃げている頃だろう。やはり人物特定をされる事を極端に嫌っている。
どんな奴か顔を拝みたかったが……。
「君、もう影は襲って来ない」
「あ、ありがとうございます……。あなた強いんですね……」
腰を抜かせているのか、座ったまま口を開くユヒカ。
「強いと言うほどでもない。こうした事に慣れているだけだ」
魔術札を懐にしまうクシビ。とりあえず、手当の必要はないようだ。
それにしても先ほどの影……。命を狙っている時点で、ロクでもない奴だというのは察しがついたが……あんな隠れるようなやり方は……。
「なぜ追われていたんだ?」クシビがそう尋ねる。
「それは……」
口ごもるヒユカ。何か訳ありなのは目に見えてわかった。
無理に聞こうというつもりは無いが、命を狙われているという事は、相当な事情があるはずだ。
「お願いします。私を匿ってほしいんです! 今、命を狙われていて……」
「命を……?」
その言葉に、クシビは考える。とりえあずヒマリの隠れ家に行っても問題はないだろうが……。このままこの場所に留まる訳にもいかない。
「わかった。詳しい話はこちらで聞こう」
「は、はい……」
おずおずと頷く女性だが――。
「あら、ここにいたの? あなたへの緊急の手配があったから来てみれば……」
そこへ、やれやれと言わんばかりに気怠そうに腕を組んだ情報屋が現れた。
「あら、その人……」真っ先に目に留まったその人物を見て、情報屋は少し表情を変える。
「さっき助けを求められた。命を狙われている節があったから、とりあえずは追手を払っておいた」
説明するクシビだが、情報屋は信じられない物を見るような目を向けてくるだけだった。どこか馬鹿にされている気分になるクシビ。
「あなた、この人が誰か知っているの?」
「名前は聞いている。ユヒカだ」
「それは下の名前ね」
溜息を吐いて呆れる情報屋。その態度にクシビもムッとなる。
「この人はルノダ・ユヒカ。世界的に有名な歌姫で、歴とした一国のお姫様よ」
そう紹介する情報屋。隣で立っている女性は、不思議そうにこちらに顔を向けているだけだった。
「………。」
宣告されたその言葉に、クシビは押し黙るしかなかった。
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