遠くへ行きたい

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遠くへ行きたい

 リュックの中には、ビスケットの袋と懐中電灯と地図。あと、なにがいるんだろう。遠くへ行く。そう思って大切なものを入れたリュック。背負って玄関のドアを開けると、お月様と出会った。  どこまで行けるだろう。暗闇を突き進む。いつもは車で行くスーパーまで。一人でどこまで行けるだろう。着いたら次は駅まで。足が疲れても。道が分からなくても。真っ直ぐ。進まなきゃ。一人で行かなきゃ。僕は一人で遠くへ行くって決めたんだから。強くなるんだ。決めたんだから。  前から灯りがやって来る。車が僕の横に止まった。僕が歩みを止めると、車の窓が開いて、お姉さんが顔をのぞかせる。  「ねぇ少年、どこに行くの」  「遠くへ行く」  お姉さんが車の後ろの席を指差す。僕は頷いて後ろのドアを開けて車に乗り込む。  「ありがとう」  「ねぇ」  運転しながら、お姉さんが僕をちらっと見る。声が震えているみたいだ。  「遠くには行けないよ」  「行けるよ」  「一人でどうやって。行けないよ」  「僕、一人で歩いて行く。強いから行けるよ」  車のドアを開けると、風が強く吹き込んできた。落ちそうになる。  「危ない閉めて!」  お姉さんの声が大きくなった。震えた消えそうな声で言う。   「私は強くないから行けない」  「強くなろうよ」  お姉さんはそれから喋らなかった。カチッと音がして、右のライトが光った。車は右へ曲がっていく。  しばらく乗っていると、いつも見ている道に出た。目の前に僕の家がある。お姉さんは車を止めて、僕が乗っている側のドアを開けて、僕を降ろした。車はすぐ走り出してしまう。家の前にいたお母さんが走ってきて僕を抱きしめる。お父さんが震えた声で僕の名前を呼ぶ。隣に心配そうな顔の妹がいる。  お姉さんに騙された。そう思いながら、お母さんの腕の中の温かさを感じた。  車の運転は苦手だ。時間をかけて自宅の駐車場に入れる。家の中にいたお父さんが車の灯りを見て出てきた。車から降りると頭を小突かれた。何やってるんだ。が何もなかったか、に変わっていく。  今は遠くに行けない。でも絶対、自分の足で歩いて遠くに行く。私達はそれができる。  
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