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支度をして、一緒に家を出ることにした。玄関で靴まで履いたのに、波岡はなかなかアパートの戸を開けようとしない。
「手を繋いで一緒に行きたいけど…人の目もあるし、やめておくか」
「当たり前じゃん。やだよ、手つなぎ出勤なんて」
見せつけたいタイプじゃないし、人前でいちゃいちゃとか無理、本当無理。
「葉月が冷たい」
「冷たくないっての。ほら、行こうよ。遅刻しちゃう」
私は波岡の背中を押す。
「お前、本当サバサバし過ぎ」
「波岡、意外とくっつきたいタイプ?」
「ほら、まだ波岡言ってるし」
「……?」
意味がわからなくて首を傾げる。
「志貴、って呼んでほしいんだけど」
「げ」
「いやいやいや、その反応おかしくね?」
「無理。あ、私、行かなきゃ」
波岡のお願いは軽くいなして、私は玄関のドアノブに手を掛けた。事務社員は着替えがある分、男性社員より早く着かないと。
「待てって」
私の手の上に波岡が手を重ねる。
「な…に…」
上を向いて抗議しようとしたところを、ふいにキスされた。
「週末、また来ていい?」
軽く触れた唇を遠ざけながら、波岡がそう囁く。
さっきまであんなぐだぐだな会話してたのに。いきなりさっと核心ついてくる。こんなの嫌とかダメとか言いにくい。かぁっと火照った顔を隠すように頷いた。
「じゃ、俺、コンビニ寄ってから行く」
波岡は私を残して、先にドアの外に飛び出した。何もなかったような顔をして。
緩みそうになる顔を必死に引き締めながら、戸締りをして、家を出た。いつもの通勤の道。けど、途中のコンビニのガラス窓越しに、波岡が見えた。こっちには気づかないで、ミントタブレットを物色してる背中が可愛く見える。
小学校の頃、波岡の姿を見ただけで、ちょっと嬉しかったのを思い出す。
更衣室についたのは、いつもより5分くらい遅くて、そのせいか相馬さんも宮内さんもいなかった。その代わりに、芽衣子さんが…いた。
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