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「あー、でも今日は月曜で忙しいですし、黒岩さんは受付お願いします」
「わかりました」
「30分くらいで戻ります」
よろしくお願いします、と事務の女性陣に言って、波岡は私と歩き出す。病院は8時45分受付開始。9時診察開始。既に待合室の椅子は診察待ちの人でいっぱいになっていた。
「大体400人くらいかな」
突然波岡が喋り出す。好青年ぶりっ子やめてくれて、助かる。
「え、何が」
「うちの一日の外来患者数」
「そんなに?」
「そんなに。そのすべての人があの受付に来る。しかも、午前の診察の時間はすさまじく混む」
確かに後ろを振り返ると、窓口に人が殺到していて、中にいるはずの宮内さんや相馬さんの姿は見えなくなってしまっている。
「とりあえず1階が受付と調剤室と各診察室。放射線と麻酔科は2階だけど。あと売店」
私はあたりをきょろきょろしながら、病院の館内を頭の中に叩き込む。
「め、メモ取っていい?」
「いいよ。っていうか、館内図くらい後で渡すよ」
「あ、ありがと」
「いや、それくらい当然でしょ。2階行くよ」
「…うん」
2階はさっき波岡が言ったように、麻酔科とレントゲン。外来でいきなりここに来る人はいないから、1階の人の密集度と比べると、かなり閑散として思える。
これだけ人がいないならいいかな…と私は、この間から抱いてる疑問を波岡にぶつけてみる。
「波岡さあ…あ、これは仕事の質問じゃないんだけど」
「何?」
「あんた、猫かぶってない?」
単刀直入に言うと、波岡は目を細めて笑い出した。
「おま…っ、それ本人に直接言う」
「…や、だって。最初は面接官だから、丁寧な喋り方なのかと思ってたんだけど、他の人にも好青年装ってるしさ」
「装ってるって」
「…ぶっちゃけ、なんか波岡の丁寧語って、ちょっと寒気がするっていうか、似合ってないっていうか」
「…出勤初日に直属上司にその物言い。水田、世渡りへたくそだろ」
「…く。首?」
やばい、ちょっと調子乗りすぎた。焦って、ちっちゃく肩をすぼめた私を見て、波岡は口角を緩めた。あ、大人になったんだな、ってその笑い方見たら、時の流れを感じて、切なくなった。
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