2 初出勤は気苦労の連続

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「水田と話してると、ガキの頃思い出す。毎日毎日ボール蹴って遊んで、学校帰っても、ランドセルの中味なんてろくに開けもしないから、親への手紙がいっつも底でぐちゃぐちゃになってて。心配ごとって言えば、宿題忘れて先生に怒られることくらいでさ」 「そこは忘れずにやっていこうよ」 「黙れ、共犯の常習だったくせに」 「…ですね」 でも、波岡と怒られるのなら怖くなくて、放課後居残りって言われても、結局二人で遊んじゃって、宿題のワークは先生が職員会議から戻ってきても、全然終わってなくて、また怒られて…それでも、笑って先生に謝って。 本当はもっと嫌なこと沢山あったかもしれないんだけど、今、思い出すのは、あんたと過ごしたそんな日々ばっかりだ。 「人は変わるんだよ、水田」 私を諭すように波岡は言う。そうかもしれないけど、なんか波岡らしくない。 「志貴」 波岡と話していたら、白衣の男性が波岡のファーストネームを呼んで、近づいてきた。 背、高い。それにイケメンだ。波岡がいたずらっ子ぽい面差し残したままのイケメンだとすると、こちらは理知的でクールな感じ。 「真壁先生、お疲れ様です」 「やめろよ、その呼び方」 「院内ですから。それに新人の教育にも、職員同士で狎れあっていたら、悪影響です」 また猫かぶりの笑顔で、波岡はしれっと答えた。「はいはい」とどうでもうよさげにあしらって、真壁先生と呼ばれた人は波岡の隣にいた私に目線を落とす。 「新しく入った事務ってその人?」 「はい。水田さんです」 「ふーん」 これまたどうでもよさそうな相槌。真壁先生は私に一瞥をくれただけで、すぐに波岡の方に向き直った。第一印象だけで人を判断してはいけないかもしれないけど、この人感じ悪い。 「そうそう。親父が言ってたぜ、たまには院内じゃなくて、家の方でゆっくり話したい、って」 「…今度伺います」 「ほんとかよ? 波岡、なんて名乗ってるくせに。親父のことも俺のことも家族なんて思ってないだろ? お前」 「…兄さん。水田さんが困ってます」 さっきとは違う呼び方で、波岡はその先生の名を呼んだ。 兄さんとか、親父とか…つまり、この人って、波岡の義理のお兄さん、ってこと?
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