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「水田と話してると、ガキの頃思い出す。毎日毎日ボール蹴って遊んで、学校帰っても、ランドセルの中味なんてろくに開けもしないから、親への手紙がいっつも底でぐちゃぐちゃになってて。心配ごとって言えば、宿題忘れて先生に怒られることくらいでさ」
「そこは忘れずにやっていこうよ」
「黙れ、共犯の常習だったくせに」
「…ですね」
でも、波岡と怒られるのなら怖くなくて、放課後居残りって言われても、結局二人で遊んじゃって、宿題のワークは先生が職員会議から戻ってきても、全然終わってなくて、また怒られて…それでも、笑って先生に謝って。
本当はもっと嫌なこと沢山あったかもしれないんだけど、今、思い出すのは、あんたと過ごしたそんな日々ばっかりだ。
「人は変わるんだよ、水田」
私を諭すように波岡は言う。そうかもしれないけど、なんか波岡らしくない。
「志貴」
波岡と話していたら、白衣の男性が波岡のファーストネームを呼んで、近づいてきた。
背、高い。それにイケメンだ。波岡がいたずらっ子ぽい面差し残したままのイケメンだとすると、こちらは理知的でクールな感じ。
「真壁先生、お疲れ様です」
「やめろよ、その呼び方」
「院内ですから。それに新人の教育にも、職員同士で狎れあっていたら、悪影響です」
また猫かぶりの笑顔で、波岡はしれっと答えた。「はいはい」とどうでもうよさげにあしらって、真壁先生と呼ばれた人は波岡の隣にいた私に目線を落とす。
「新しく入った事務ってその人?」
「はい。水田さんです」
「ふーん」
これまたどうでもよさそうな相槌。真壁先生は私に一瞥をくれただけで、すぐに波岡の方に向き直った。第一印象だけで人を判断してはいけないかもしれないけど、この人感じ悪い。
「そうそう。親父が言ってたぜ、たまには院内じゃなくて、家の方でゆっくり話したい、って」
「…今度伺います」
「ほんとかよ? 波岡、なんて名乗ってるくせに。親父のことも俺のことも家族なんて思ってないだろ? お前」
「…兄さん。水田さんが困ってます」
さっきとは違う呼び方で、波岡はその先生の名を呼んだ。
兄さんとか、親父とか…つまり、この人って、波岡の義理のお兄さん、ってこと?
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