6917人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの人には私しかいないし、私にもあの人しかいないのよ。それに、もう向こうには居場所もない。家は売り払ってしまったし、病院は他の人が経営してる。――だから、ここで二人で生きてくしかないんじゃない? その方があなたと尚司さんにも迷惑掛からない――」
「迷惑って…」
まるで別れの言葉みたいに聞こえた。
自分たちは、俺たちとは違う場所で生きていくから、関わるな、って――そんな言葉を聞きにきたんじゃないのに。
「真壁の薄情さと異常性にはうすうす気が付いてたけど、まさかあんたにまで何かしてるとは思わなかった――って、知らなかったで済む問題じゃないね。ごめんね、志貴」
「いいよ、もう…」
真壁がしたことは許せない。けど。母さんだって、嫌な思いも、つらい思いも、沢山してきてるのに、それでも最後に選ぶのは、あいつなのかよ。
「言い訳するけど、真壁と結婚したのは、あんたに経済的につらい思いさせたくないのもあったのよ…結果として大失敗だったけど。渦中にいる時は何が最善か、ちゃんと選んでるつもりでも、きっと見えてないこと、沢山あるのよね」
「それは…わかるけど…だったら…」
今の母さんの選択もまた、後から考えたら間違いだった、って思えるものじゃないのか?
「私がいなくなったら、誰があの人の面倒見るの? 尚司さん?」
そう言われて、やっと母さんの覚悟に気がついた。母さんは、兄さんと俺のために、真壁と生きていくことにしたんだって。子どもたちに負担が行かないように。また、真壁が同じような過ちを繰り返さないように――。
「母さんは、わざわざ大変な方を選ぶよね」
ため息混じりに呟く。多分、今までも、ずっとそうだったんじゃないか? 俺を身ごもった時だって、堕ろすっていう選択肢だって、あったはずなんだ。
「あんたはちゃんと愛する人ときちんとした家庭作ったんだから、前向いて、ちゃんと生きていきなさい」
バン!と思い切り背中を叩かれた。普通に痛かった。
「母さん…」
「考えて考えて出した結論だから、もう変えることないから。子どもが生まれたら、連絡して。お祝いの品送るから」
「顔見には来ないの?」
「行かない。その方がお互いのためよ」
きっぱりと断られた。
最初のコメントを投稿しよう!