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ふと思い出したことがあった。
「――そうだ、これ。昨日、お参りしてきたんだ」
ポケットに無造作にねじ込んだままだった紙の封筒を取り出した。
「あんたこれ…ご利益なくなりそうね」
しわしわになった袋から、母さんは黄色いお守りを取り出して笑う。
「大丈夫だよ、中身は綺麗だし」
「全くもう。ずぼらなんだから。でもありがとう」
さっき手向けた線香はすっかり短くなって、殆ど灰になってる。もう一度、会ったことのない父さんに、手を合わせて、俺と母さんは墓地を出た。家には寄らずに、そのままふたりで駅に向かった。
「身体――気をつけてな」
最後なのに、そんな気の利かない言葉しか出てこない。
「大丈夫よ。看護師なんだから」
「真壁がまた何か変だったら、すぐに兄さんか俺に知らせてよ」
「はいはい」
小さなホームに小さな電車が入ってくる。俺だけが乗り込んで、母さんはホームから手を振る。俺も手を振り返したけれど、すぐに電車はホームから遠ざかって、母さんの姿も見えなくなった。
世間的に見たら、きっと母さんはダメな母親なんだろう。男に依存して、子どものことは二の次。けどそんな女でも、俺にとってはたった一人の母親だ。母さんはダメな母親だったけど、だったら俺もダメな子どもだよな。甘えて守られたままで、何一つ恩を返せなかった――。
だから絶対に繰り返したくない――自分の子どもは、俺の全部で愛して守って育てる――
電車を降りると、上空には鮮やかな夕焼けが広がっていた。改札を出たら、葉月が立ってて驚いた。さっき、もうすぐ帰るって、メッセージ送ったから、不思議ではないけど。
なんでかな。見慣れた顔なのに、見るとほっとして、そのたんびに可愛いなとか好きだなって思う。
「寂しかった?」
葉月の手をしっかりと握りながら、俺は聞くと、予想通りの答えが返ってきた。
「別に。ただタイミングが良かっただけ」
確かにJRの駅から、宿に行く途中にことでんの駅はあるけどさ。
「どっか行ってきたの?」
「日本一怖いって言われてるつり橋行ってきた。写真見るか? すげーぐらぐらするの。面白かったぜ」
「お前さあ…妊婦なんだから、こんなとこひとりで行くなよ」
見せてもらった写真は本当に、渓谷に掛かった足元おぼつかなさそうなつり橋だった。高所恐怖症だったら、絶対無理。
「葉月」
「ん?」
「愛してる」
繋いでない方の手で、葉月の額の髪をかき上げて、額にちゅってキスした。
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