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「な…っ、ば…っ、志貴? 何してんだよ、こんなとこで!」
真っ赤になって葉月はキャンキャン俺に喚く。
「思ったことを素直に行動に移しただけだよ」
「TPOは弁えろ!」
「旅の恥はかき捨て、って言うじゃん」
こうして初めての旅行を終えて、また仕事と家を往復する日常が戻ってくる。
葉月の腹はどんどん大きくなって、俺はつい昔読んだ童話を思い出してしまう。牛とカエルが大きさ比べする話。破裂したらどうしようって思いから、ますます葉月に過保護になって、そんで笑われた。
「志貴、知ってるか? こん中羊水ってのが入ってて、ちょっとやそっとじゃ、割れない様に出来るんだぜ?」
「知ってるよ、それくらい」
けど、理屈で理解してるのと、実際に感じてしまうことが一致するとは限らない。もし、それが一致するなら、誰もお化け屋敷入ってきゃーきゃー言わない。
「お前が無理しすぎるから、俺が心配性なくらいで、ちょうどいいんだよ」
葉月の腹部ごと、後ろから抱きしめる。触れると、中で赤ちゃんが動いてるのが感じられる。何度かエコー写真撮ってもらっているけれど、タイミングが悪いのか、男女はまだはっきりわかっていなかった。
予定日まではあとひとつきを切ってる。家の中には、赤ちゃんグッズが沢山買い揃えられて、もういつでもOK状態にはなってる。
葉月は陣痛が起きやすくなるように、家の中でスクワットしたり、赤ちゃんとの新生活のために、部屋の中を模様替えしたり、いろいろやってるのに、俺は何もしてなくて、だからせめて俺に出来ることを考えた。
「名前さ、考えたんだ」
「え、ホント? 3月だから弥生とか?」
「それもいいかなと思ったけど、男だったら困るから…。瑞月ってどう? 男でも女でもいいと思って」
「瑞月。カッコいい!」
葉月の目がきらきら輝く。
名前も決まって、あとはもう生まれてくるだけ。いつでもいいと待ち構えているのに、却って出てきにくいのか、予定日から1週間過ぎても、俺と葉月の子は生まれてこなかった。
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