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「うちのお母さんからまだなの?って言われちゃった」
家に帰ったら、ちょうど電話終わったところみたいで、スマホをテーブルに置いて、葉月が珍しく俺に愚痴る。葉月が一番焦ってるし、待ちわびてるのはわかりきってるから、俺はなるべく「まだ?」って言わない様にしてたけれど、実の親って、こういうところ遠慮がないんだろう。
「今か今かって待ちわびてるんだろ」
「なこと言ったって、出てこないもんはしょうがないじゃん」
葉月は口を尖らせつつ、大切そうに腹部に手を当てる。
「病院はなんて?」
「明日行く予定なんだ。で、もしまだ陣痛の兆候なかったら、処置をしましょう、って」
「処置って…いきなり帝王切開とか?」
「いや。促進剤打つとかじゃないの?」
そんな会話をして中の子が焦ったわけじゃないだろうけど、真夜中に突然、それは来た。
葉月が激しく苦しみだした。額には脂汗が浮いているし、お腹を庇うようにぎゅっと身体を丸めてうずくまる。
「葉月、大丈夫か??」
「うん…」
不思議なことに、苦しい時と苦しくない時の差が激しくて、俺は葉月に言われた通り、その痛みの間隔を測った。最初は15分くらいだったその間隔が、どんどん短くなっていく。
「10分切ったら、病院来いって言われてる…」
「じゃあ行くか」
葉月が動ける間に車に乗せて、荷物をトランクケースに詰める。
もうすぐわが子に会える期待よりも、葉月の苦しそうな表情に不安の方が大きかった。予定日より一週間も過ぎてて、もし、通常の出産とちがってたらどうしよう、って。
病院についたら、葉月は分娩台って高い台に乗せられて、一層激しく苦しみだした。立ち合いだったから、俺も傍についていたんだけれど、葉月が苦しむたびに、気が気じゃなくて、何回も「葉月、死ぬな」って叫んでた。
後で「あれはめっちゃハズイから、ホントやめて欲しかった」って葉月から言われるくらい。
葉月にとっても俺にとっても、壮絶な苦しみの中。
3月10日午前7時7分――俺と葉月の第一子が生まれた。
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