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可愛らしくも力強い赤ん坊独特の泣き声が、病室内に響いて、一瞬時が止まったみたいに感じた。
いきんでた全身が一気に脱力したようで、葉月はふうって大きく息をした。額に滲んだ汗、歯を食いしばりすぎて、切れてしまった唇。この数時間の死闘を物語るような疲れ切った顔なのに、見惚れるくらい神々しくて綺麗だった。
「生まれた…?」
「ああ」
すぐに看護師さんが産湯につけてから、俺たちに赤ん坊を見せてくれた。
「女の子ですよ。目元がパパに似てるかな」
何処がどう似てるかわからないくらい、しわしわで真っ赤。目もまだ開いてない。
なのに、触れようとすると、ちっちゃな手で指を握ってきた。
ナニコレ可愛い。めちゃくちゃ可愛い。天使ってやつ?
お産の当日は、母子別室というのが病院のルールらしく、俺と葉月は次の人に分娩室を譲って、個室に移される。
「さっきさ、新生児室見てきたんだ。10人くらい赤ちゃんが並んでて、親の名前が書かれた輪っかを足に巻いてんの」
「へえ、そうなんだ。私も後で見たいな」
「うん。動けるようになったら見て来いよ。――うちの瑞月が一番かわいかったから」
断言すると、葉月は呆れた顔になった。
「なんだよ」
「志貴、めっちゃ親ばか…」
笑いかけた葉月をぎゅと上から抱きしめた。
「志貴っ、ここ、病院…」
「個室じゃん」
「個室だけどいつ誰が来るかわからないから」
俺を必死に窘めながら、葉月は腕の中でもがいてる。けど、まだ離してやれない。
「葉月…ありがと」
百万回言っても足りない。俺よりちっちゃい体で、あんなに頑張って、かけがえのない命を産んでくれたこと。
俺は絶対に手にすることが無いと諦めていたものだったのに。
そして――もう一人の母親のことを考えた。
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