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葉月は5日間入院するらしく、俺は一人で帰った。灯りも音もない家は、静かすぎて、気持ちが悪い。
一人だと食事もやる気でないし味気ない。適当に冷凍食品で済ませてから、俺は母さんのところに電話を掛けた。
声を聞くのは、旅行の時に会って以来だ。
「――生まれたの?」
俺が電話してくるくらいだから、そういう用事だと思ったのだろう。母親の勘て流石だ。
「うん」
「おめでとう」
「立ち会ったんだけどさ、女って強いよな」
俺だったら絶対耐えられない、実際、男が出産すると、痛みに耐えられらなくて死んじゃうとかいう話を聞いたことあるけれど、本当にそうだと思う。無理。絶対。
「母さん、俺を産んでくれて…育ててくれてありがとう」
自分が親になって初めてわかる。命を生み出して、それを守って育てていくことが、どれほ大変かって。
「何よ、いきなり」
「いや、だって。葉月には俺がいたけど、母さんは一人だっただろ? より、苦労したんだろうなと思って」
「その分、人に言えないことも沢山してきたからね。あんまり褒められた母親じゃないわ」
「それでも、俺の母さんは母さんだけだから」
俺の言葉に返事はなかった。多分、母さんは泣いていたんだと思う。スマホ越しに鼻を啜る音が聞こえた。
母さんから離れたいと思ったことは何度もある。母さんは自分をほめられたもんじゃない、って言ったけど、俺だって、到底孝行息子とは言えない。それでも。
母さんから受け継いだものは沢山ある。愛情や知識や栄養や――その他もろもろ、数えきれないくらい受け取った。
「頑張ってね。志貴、あんたなら大丈夫よ」
「母さんも元気で」
ありきたりな言葉で電話を切った。
すっかり春を思わせる暖かな陽射しの下、葉月は瑞月を抱いて家に戻ってきた。
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