2 初出勤は気苦労の連続

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「今日から事務で働いていただく水田さんです」 「よ、よろしくお願いします」 緊張のあまり、噛んでしまった。だけど、波岡の隣でぺこりと頭を下げた私に、院長と思しき男の人は、優しい視線を投げてきてくれる。 「院長の真壁です。うちは大きいけれど、アットホームな病院を目指しています。水田さんも気楽に、ゆっくりお仕事覚えていってくださいね」 あったかい言葉だった。「はい」と力いっぱい返事をすると、院長の目はますます細められた。 この人が波岡の義理のお父さんなんだあ。 滞在時間は3分もなかったと思う。院長室はすぐに出てから、波岡は突然ぽつりと言う。 「ってことなんだ、わかったろ?」 「へ?」 察しの悪い私は、波岡が何を言ってるのか、さっぱりわからなくて、間抜けな返事を返す。 「いや、だからさ…みんな知ってるんだよ。名前変えてたって、俺が院長の義理の息子だってことは」 「あー」 波岡の言わんとしてることが、朧気ながらわかってきた、かも。 「俺と母さんはあの人に拾ってもらったようなもんだからさ。気に入ってもらえるようにキャラくらい演じるよ。身内だから、出世頭だなんて言われたくもないしな」 「……」 私が知らない波岡の15年を想像させるようなセリフだった。 私は普通のうちに育って、今は一人暮らししてるけど、お父さんもお母さんも実家に元気にいてくれて、たま~に本当にたま~にしか帰らないけど、帰った時は二人ともものすごく甘やかしてくれる。 食べた皿も片づけない。服も脱衣場に脱ぎっぱなしでも、何も言わないで、「実家に帰ったときくらい、のんびりしてなさい」って言ってくれる。 気に入ってもらえるように、なんて考えたことすらない。 「苦労してるんだね、あんたも」 「苦労も悩みもない人間なんていない。その種類が人それぞれ違うだけだ。母さんが再婚して、少なくとも、経済的にはなんの苦労もなくなった。それだけでも感謝だろ」 「……」 そう語る波岡を不覚にもかっこいいと思ってしまった。いや、もともとイケメンなのはわかってるんだけど、内面も大人になったんだなあ…と。 なんせ私が知ってるのは、11歳の彼と、今、目の前にいる26歳の波岡、三日分。しかも面接の時は半分以上の時間、猫かぶってたし。 そりゃ人は変わるし、いきなり時空超えて、未来に飛んじゃったようなものなんだから、戸惑うし、かっこよくも思えるわ、と湧き上がる感情を必死にコントロールする。
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