3 ニセ彼女始動

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低い小さな声で、波岡に命令されて、文字通り私は固まる。だってミリって…石にでもなれってか。 もうこの時点で波岡が何をしようとしてるか予想はついたけど、大人になった波岡にドアップで迫られて、「ひぃぃぃっ」って悲鳴をあげたくなるくらいには、緊張した。 お互いの唇が触れる寸前で、波岡の腕に上手に隠されたキスを演じる。 「あーはいはい、わかったよ。志貴」 真壁先生の投げやりな言葉に、やっと波岡は私の身体の拘束を解いた。 「行くよ、葉月。兄さん飲みすぎは体に毒ですよ」 波岡は私の背中を軽く押して先に歩かせてから、くるりと踵を返す。 人の心臓を過剰に反応させたくせに、波岡の態度は悔しいくらい落ち着いてる。 わかってる。私はニセの彼女で、波岡は私のことが好きじゃないから。 「うまくごまかせたかな」 ちらっと後ろを振り返って私は聞く。 「さあ。どうだろ。あの人、食えないからなあ。――いろいろ驚かせてごめん」 「ううん…」 けど、ニセ彼女の試練はまだ続く。 戻ったら今度は、芽衣子さんに捕まった。 食事の方は散会になりつつある感じで、院長と副院長はまだ飲んでいるけれど、波岡のお母さんは、余った料理を別のタッパーに入れなおしたり、使わなくなったお皿を下げたりしている。 他にも病院関係の人は数人来ていたけれど、みんな年配の方だから、考えてみたら、芽衣子さんの話し相手になりそうなのって、私と波岡くらいだった。 よっぽど暇を持て余していたのか、私たちの姿を見つけるなり、勢いよく席から立ちあがって、こっち目掛けてくる。 「あ。葉月さん、お帰り。志貴さん、ちょっと葉月さん借りていい? 私、志貴さんの小さい頃のお話聞きたい」 「え」 どうすればいいの、これ。 「ねえ、こっちいらして」 と、芽衣子さんに腕を絡められた。ふわりと花の香りが漂った。 「芽衣子さん、お話だったら僕が…」 「志貴さん、子供の頃のお話してくれないじゃないですか。それに葉月さんから聞いてみたいの。いじめたりしないから」 天真爛漫に芽衣子さんに言われて、波岡は「ごめん」ってアイコンタクトしてくる。あーもう好きにしてくれ…。
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