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そのワードが引っかかって、思わず芽衣子さんと、今は花のない木を見比べた。
「あのね、私も初恋も志貴さんなの」
「えっ」
「しぶといでしょ。中学校の3年生が、1年生の男の子に恋をして、それからずっと好きなの。無理なのわかってるけど、でも好きなの。志貴さんもずっと彼女とか作らないから、いつかは私のこと…ってどこかで期待してたんだけど」
「あ、あの」
ちょっと待って、いろいろ待って。ツッコミどころ…というか、確かめたいことがありすぎて。
「中学3年生が1年生って、あの芽衣子さんておいくつ、なんですか?」
「私? やだ、志貴さんから聞いてない? あなたたちより、2つ上の28だけど」
う、嘘でしょ? こんな大学生って言われても信じちゃいそうな、ほわほわした可愛らしさで、肌艶もつるつるなのに私たちより年下…。
「やっぱりこんなおばちゃん、志貴さんは嫌よね」
「そ、そんなことないです。芽衣子さんは、女の私が見てもドキドキしちゃうくらい、お綺麗で、年上だなんて思わなかったくらい、可愛らしいです」
ニセとは言え、好きな人の彼女にそんなこと言われても、嬉しくもなんともないかもしれないけど、言わずにいられなくて、本音を激白してしまった。
つーか波岡ばかじゃないの? こんな可愛らしいいい人がすぐ近くにいるのに、わざわざ金払って、私みたいのニセカノにするとか、ばかでしょ。うん、断言。
「葉月ちゃん、優しい」
…葉月ちゃんになってる。まあ、いいや。受け入れておこう。
芽衣子さんは大きな瞳を涙で滲ませながら、これまた爆弾発言をぶっ放してきた。
「志貴さん、ずっと言ってたの、忘れられない子がいる、って。葉月ちゃんのことだったんだね」
…いやいやいやいやいやいやいや。15年前に完膚なきまでに振られてますけど。
という一言が喉の奥まで出かかって、私はそれを無理やり嚥下した。
波岡に忘れられない人がいる?
芽衣子さんの気持ちに応えられないのも、わざわざ私にニセカノなんて頼んだのも、そのため?
あいつがそんなにロマンチックな男には見えないんだけど…。
「葉月ちゃん、志貴さんとお幸せに」
最初の時と同じ笑顔で、芽衣子さんは微笑んでくれて、だけど、席には私ひとりで戻ってくれ、って言われた。
芽衣子さんが泣きたい気持ちなのはわかったけど、私も泣きたいくらい、胸がじくじくしてもやもやする。
こんな仕事引き受けなきゃ良かった。
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