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夕方、日が落ち切る前に、私と波岡は真壁邸を後にした。
「またいつでもいらしてくださいね」
波岡のお母さんはそう言ってくれたけど、多分もう行くことはない。波岡の彼女として。
「今日はありがと」
行きは結ばれてた手。だけど帰りは、波岡の手は両方とも、ポケットに突っ込まれたまんま。
車道と歩道の分かれていない狭い道を歩きながら、波岡はぽつりとそう言った。
「ありがとう、じゃないよっ」
波岡のその言葉で、私の感情が爆発した。
芽衣子さんは美人で性格だって優しくて、純粋に波岡のことが好きで――なのにどうして、誠実に向き合おうとしないのか。
好きになれないならなれないって、正直に言うべきなんじゃないの? 昔あんたが、私を振ったみたいに。
わざわざニセの彼女まで仕立て上げて、身を引かせる――なんてやりかた、波岡らしくない、卑怯だ。
いくつもいくつも詰ってやりたい言葉が浮かぶのに、感情が昂りすぎて、声になって出てこない。
「ばかじゃないの? あんた」
出てきた言葉はそれだけで、言葉の代わりに波岡の胸をぽすっと拳で叩いてやった。分厚い胸板が、私の力の抜けたパンチを軽く跳ね返す。
「優しいな、葉月は」
言われ慣れない言葉と一緒に、波岡の腕が私の後頭部に回されて、そのまま胸に押し付けられた。
「嫌な役回りさせてごめん。芽衣子さんがいい人だってことくらい、お前に言われなくたって、俺だって知ってる。だから――だめなんだ」
「意味がわからない」
「だめなんだ、俺は。――誰とも恋愛も結婚もしないって決めてる」
「
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