3 ニセ彼女始動

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「古くてきたないとこなんだけど、味はいいから。おふくろの味系。なんにする? 私、ちょっとお酒飲みたいから、タコわさとアジの刺身」 そう言いながら、年季の入ったカウンター席に座る。目の前に店主らしいおじいちゃんがいるのに、おじいちゃんも「宮ちゃんは変わらないねえ」なんてにこにこしながら、これまたメニューを私たちに手渡す。 手書きのメニューは、値段を張り替えたり、メニューを付け加えたり、消したりした後があちこちに残ってる。それだけ、この店が長く続いてる証。 「…じゃあ…軟骨の唐揚げと、この山芋明太ってなんですか?」 「それ、山芋をすりおろして、明太とチーズ入れて焼いたやつ。ふわふわでおいしいよ」 「じゃあそれ」 軽く熱燗で乾杯した後、宮内さんは、病院の中でも波岡のことを話してくれた。 「主任はさ、表だっては言ってないけど、院長の義理の息子って、みんな知ってるんだよね。うちって結構大きい病院だし、そのうち事務局長くらいにはなりそうじゃん。主任。それも込みで狙ってる女も沢山いたの。相馬ちゃんは純粋な方じゃないかな」 「…そうなんですね…」 怖い、女の打算。 「でも、モテる割に彼女は作らないからさ、ゲイなんじゃないかとか、実は隠れて結婚してるんじゃないかとか、いろいろ噂はあったんだけど、結局初恋で幼馴染の相手と偶然再会してくっついた、って割とスタンダードなとこに落ち着いたよね」 宮内さんの突拍子もない話を聞きながら、私は波岡の言ってたセリフについて考える。 結婚も恋愛もしないって決めてる。 …なんでだろ。まさか本当にどっちかで、そのためのカムフラージュが私? 「つーか水田さん」 頬杖をついて、箸を宙にぶらぶら浮かせたまま考えていたら、宮原さんの指先で、軽くおでこ弾かれた。 「うわっ」 「せっかく病院内1のイケメンつかまえた、っつーのに、あんまり幸せオーラ出てないよね」 「え」 …す、鋭い…。まあそりゃそうだ。今の私と波岡に、恋愛感情はないんだから。 「ま、まだ慣れてなくて」 「デートとかしてないの?」 「え、1回は…」 「少なっ」 「そうですか? でも波岡忙しくて…」 「波岡、かあ。いいねいいね、同級生っぽくて」 宮内さんに奢ってもらってしまった。飲んでる途中で雨が降ってきて、宮内さんはご主人に迎えに来てもらってた。優しい旦那様で、私にも駅まで乗っていかないか声を掛けてくれたけど、申し訳ないから断って、傘を買いにコンビニに走った。 「葉月」 中に入ろうとしたら、ちょうど出てきた人に名前を呼ばれて、はっと視線を上向ける。ビニル傘を手にした波岡が立っていた。
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