3 ニセ彼女始動

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「お前も傘買いに来たのか。せっかくだから入って行けよ」 「…い、いいよ」 「けど、最後の一本がこれだぞ。ラッキーですね、って店員さんに言われたから」 「……」 波岡に促されて、私は彼の右側に立つ。パラパラと大粒の雨が、ビニールに当たって、音を立てる。 波岡とふたりきりになるのは、この間の院長の家以来だ。 「定時で上がったはずだよな。どこにいたんだ?」 波岡が不思議そうに私に聞く。確かにタイムカードを切ってから、2時間近く経っていた。 「宮内さんとそこのお店で飲んでた」 私は斜め後ろの小さな赤ちょうちんを指さした。 「ああ、あそこ、安くて上手いよな」 「…行くんだ」 「病院から一番近い飲み屋だし、行くだろ、そりゃ」 「いや、いっつも最初に奢ってくれたような高級なお店に行ってるのかと」 「なわけあるか。あれは、お前のために奮発したんだよ」 「え」 「ニセカノの件、断りにくくなるだろ?」 お前のために、って言われて、一瞬喜んで、打算と知って、テンション下がる。感情の起伏が小学生並みだ。 「宮内さんと何話してたんだ?」 「主にあんたのことだよ」 「俺?」 「デート…しないのか…とか…」 まあ、するわけないんだけど。 「…ああ、お前、今週の土曜空いてる?」 「何よ突然」 「いやデートじゃないけど、ストレス発散できる場所に連れて行ってやろうと思って」 「ま、またニセカノとして…とかじゃないよね」 「違う違う。詳しくはまたラインするよ。絶対、お前の好きな場所」 私のことなんて、全てお見通し!とでも言いたげに、波岡はにやりと笑った。 木曜日の夜。波岡から土曜の詳細が書かれたラインが飛んできた。 添付された地図はどこかのグラウンド。 Tシャツ、ハーフパンツ、厚手のハイソックス。持ってたら芝用のスポーツシューズ、って…波岡、一体私に何をさせるつもりなんだろう。
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