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「…え、いいの?」
頭からユニフォームを引っ張り降ろして、手に握りしめる。周りにもチームメイトの人が集まって、にこにこしてくれてる。
「せっかくだから見てみたいねえ。志貴の初恋の相手の実力」
山崎さんにもにやにやしながら言われる。
「え、それは…」
波岡が「着替えて来いよ」って、背中押してくるから、とりあえず更衣室を借りて着替えることにした。
「おっきい…」
着ていたTシャツの上から、被っても、肩と裾がかなりダボつく。裾はハーフパンツにインして、袖口も2回くらい折り曲げた。
屈伸してその場でジャンプ2回。体は思ってたより軽かった。
フットサルはGK1人、フィールドプレーヤー4人。そしてベンチの選手が5人。ベンチメンバーは、審判に申告することなく、自由に交代できる。交代要員は最大7人。だけどfirstには、今、私を入れて5人しか交代要員はいない。
波岡のドリブルに山崎さんが合わせる。左足から繰り出したシュートは、惜しくもゴールポストの右に逸れて行ってしまう。
「あ~~~~」
ベンチのメンバー4人で、同時に落胆のため息をついた。前後半15分ずつだけど、既に前半10分経過して、スコアは2対0。こっちはまだ無得点。
ちょくちょく攻撃はしてるんだけど、得点に繋がらない。もどかしい場面が続いてる。
そう思ったら、波岡と目が合った。私に向かって、「来いよ、葉月」そう言って手招きする。
「え」
「行ってきなよ。負けてるし、気は楽に入れるでしょ」
背中を押してくれたのは、ずっと隣で声を張り上げて応援してた出口さん。二児のママなんだそう。
「いいんですか?」
「いいのいいの。見てるより、走った方が楽しいよ、絶対」
力強い笑顔に押されて私は、波岡のいるグランドに走った。
「言っとくけど期待しないでよ」
昔のあんたと張り合ってグランド駆け回ってた頃とは違う。体力差のハンデも、ブランクもある。波岡につい言い訳めいたことを言ってしまう。
「楽しめばいいんだよ」
サッカーボールより一回り小さいボールを、膝で軽く蹴ってから、波岡はいきなり私に向かってパスしてきた。
う、嘘でしょ。
足元にボールをキープしながら、辺りを見回す。私の右手前方に、山崎さんの大きな背中が見えた。サッカーのグラウンドより、かなり小さいから、軽くキックすれば届きそう。
山崎さんにボールを託して、自分もゴール前に走る。全力疾走久しぶり。山崎さんから波岡とつないだボールは、また私の足元に返ってきた。
ゴールは目の前、ノーマーク。
勢いつけて走って、私はそのままボールを蹴りだす。
途中参加の、しかも女。相手チームは全く私に無警戒。だから、出来たんだと思う。
ボールは白いラインを越えて、審判が「ゴール」の笛を吹いた。
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