プロローグ

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5年生の2学期の終業式。今年最後のHRの最後に、先生が悲しそうな顔で波岡だけを呼んだ。波岡もいつもの威勢のいい笑顔じゃなくて、俯いて他の子たちと目を合わせないまま、教壇の先生の隣に立った。 「悲しいことですが、波岡くんがみんなとこのクラスで過ごすのは、今日が最後になります。波岡くんが3学期から、おうちの事情で引っ越して、別の小学校に通うことになりました」 えー、と教室中がざわつく。悲鳴に近い声をあげてる女の子や、マジかよ…とつぶやく男の子もいた。 「お世話になりました」 波岡自身も泣いてるのを必死に堪えてるような、顔と声で、それだけ言った。顔をあげた瞬間、目が合った――ような気がして、だから、それはなんだか私に向けてるお別れの言葉のに聞こえた。とんだ己惚れ野郎だったけど。 帰り道。とぼとぼ一人で帰る波岡の後ろ姿が見えて、私はたまらず追っかけた。 「波岡っ」 「なんだ、葉月か」 笑ってくれたけど、やっぱり元気がない。 「…転校しちゃうの?」 「ああ。母さんが再婚することになったから」 「……」 そういえば、聞いたことがある。波岡はお父さんがいないって。「可哀そうよねえ」って、うちのお母さんが言ってたこともあった。 でも、波岡に「可哀そう」なんて単語は似合わなくて、聞いた傍から忘れてしまってたのに。なぜかこの時に、その時のお母さんの呟きを、声も抑揚もリアルに思い出していた。 「波岡ともっとサッカーしたかった」 リフティングの上手なやり方、まだ教えてもらってない。この間、聞いたら、「スカートの日はやめろよ」って言われて、それっきりだ。 言っても波岡が困るだけなのに、私は自分の気持ちを正直すぎるくらい、正直に口にしていた。
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