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10 新しい一歩
目が覚めたら、波岡の姿はもう隣になかった。代わりに、キッチンからいい匂いが漂ってくる。その匂いに吸い寄せられるように、ベッドから抜け出した。
「葉月、起きた? おはよ」
ちゅって、ほっぺにキスされた。まだ半分寝ぼけてて、私はそれをぼんやりと受け止める。
「…ああ。って、何してんの?」
「悪い。勝手に台所借りた」
コンロにかけられた鍋の中には味噌汁が入ってる。それに、焼鮭。ほうれん草のおひたし。卵焼き。
「…これどうしたんだ?」
うちの冷蔵庫の中身は、こんなザ、日本の朝食、が作れる程食材豊富じゃなかったはず。
「買ってきた。そこのコンビニ、割と品ぞろえいいな」
「…わざわざ?」
「だってお前んちの冷蔵庫、なんも入ってなかったし」
「う…」
「朝、食べない人? 葉月」
「そんなことはないけど。こんなしっかりした朝飯作ってる時間はいつもない」
「まあ俺も、ここまで気合入れないけどな、普段は」
会話をしながら、波岡は手を止めず、ご飯をよそったり、皿を炬燵の天板の上に運んだり忙しい。私もふたり分の箸を出して、お茶を淹れた。
「いただきます」
手を合わせて、向かい合って言う。なんかこんなの久しぶり過ぎ。
「味噌汁、うまい」
私の好きな豆腐とわかめとねぎのお味噌汁。
「ありがと」
昨日の朝は、買ってあったおにぎりをぱくついてから、出勤したのに。それからたったの24時間。あまりに違い過ぎて、戸惑う。
好きな人と初めて迎える朝。一緒にご飯を食べるのも、なんだか照れくさい。
「今日も仕事…だよな?」
「そうだな。行きたくないけど」
波岡がぽつんと漏らした本音に同意。こうやって波岡とまったりしていられたらいいのに。
波岡が私を好きだって言ってくれた…まだ信じられなくて、一旦離れちゃったら、次、いつこんな風に会えるかな。鮭をほぐしながら、波岡をじぃっと見た。
大きな手でお茶碗を持って、白いご飯を口に運んでる。
「何?」
「い、いや、なんでも…。波岡は、朝ごはん和食派なんだな」
「葉月はパン派? なら合わせるけど」
「あ、合わせるって? いや、私はその時あるものを食べる派。うちがテキトーだったからかな。ごはん残ってれば、雑炊出てきたり、買い置きしてあった菓子パンだったり」
「結構その家で違うな。朝から雑炊なんて食べたことねえや」
波岡はそう言って、またご飯をぱくついた。炊き立てのほかほかごはん。これを私に食べさせるために、いつから起きて用意してくれてたんだろう。
出汁入りの卵焼きもおいしい。ちょっと前に世界一の朝食、なんてウリのお店が流行ったけれど、私にとっての今日の朝食がそれかもしれない。
幸せを凝縮したような朝ごはん。
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